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変なカタカナ表記が英語経由で発生する

 諸外国の地名・人名表記等で、どう考えても「そうは聞こえないでしょう」というカタカナ表記がしばしば見られます。
 もちろん、正確な表記などできるわけもないし、する必要もないのですが、「なぜ敢えてこう書く」とツッコみたくなる表記も少なくありません。
 先日、「ムバーラク大統領の次男が『ガマル』と表記されていることがあるがどう聞いてもガマール」と触れましたが、パレスチナの「アッバス」氏も、「アッバース」です。
 当然、「ガマール」だろうが「アッバース」だろうが、完全な表記などでは全くないのですが、「アッバス」では100%通じないのに対し、「アッバース」とカタカナ読みすれば、八割方理解して貰えるはずです。
 そこから先はカタカナでは無理で、逆にここまでなら簡単にカタカナで書けるのに、敢えて変な書き方をしているようにすら見えます。

 なぜこんなことになってしまうかというと、おそらく日本のニュース報道が、英語圏での報道を経由しているからでしょう。
 英語には長母音/短母音という分節はありません。そのように聞こえても、それはわたしたちが長母音/短母音の分節のある言語を使っているからで、英語的には母音の長短は基本的にarticulateされないはずです。
 そのため、例のجمالガマール氏も、Gamalと表記されることが一般的で(エジプト人もこう書く)、これを見たまんまカタカナに置き換えると「ガマル」になるわけです。
 英語は強弱アクセントの言語なので、Gamalでもmaにアクセントがあれば、結果的に元の発音に近くなります。
 しかし、それが字面の印象だけで高低アクセントの日本語に移植されると、原音とは似ても似つかない変な表記になってしまうのです。

 これを補う方法として、逆に日本語では長母音/短母音の区別があるわけですから、これを活用して似た感じに表記する、というのはとても有効な方法です。
 computerをコンピュータと表記しますが、「ピュー」と「伸びる」かどうかは英語的には本質的なことではなく、アクセントがあることが本質です。でも、日本語ではこれは直接表現できないから、代わりに「ピュー」と伸ばせば、結果的に似た音になるのです。

 アラビア語には、長母音/短母音の分節があります。この点では日本語と仲良しなのです。
 それなのに、わざわざこの情報が落ちた英語を経由して持ってくるから、簡単に表記できるものが、ヘンテコリンな書き方に化けてしまっているのです。
 「ガマール」と書くくらい造作もないことなのに、英語の、しかも字面だけに踊らされて、わざわざ「ガマル」と書かないでもいいでしょう。それはラクダという意味ですから、大統領閣下のご子息を冒涜していると思われて、治安当局に引っ張られても知りませんよ(笑)。

 まぁ、あまり神経質になっても仕方ないし、アラブ人によるラテン文字表記自体が凄まじいバラエティに富んでいるので、無理もない一面はありますが・・・。
 ただ、彼らは「英語の文脈でこう綴れば、ちょっと説明すれば大体イイ感じに読んでもらえる」という前提でそう綴っているのであって、日本人が読むことまで想定していません。せめて「どう読むの?」と聞いて確認してから、カタカナにしてくれれば良いと思うのですが。

 エジプト人は、例えばアラビア語にない音で、表記不可能な音であっても、似た感じの表記をした上で、発音する時は実際の発音に近い音を出しています。例えば、アラビア語にはvの文字がないので、特殊な代替文字を使う以外はfに相当する文字で書いていますが、読む時はvで発音しています。よくある人名にすらv音が入っていることがあります(トルコ系の人名など)。
 もちろん、できることとできないことがあって、有名な話で、彼らはpとbの区別ができません。全部bで表記して、かつbで発音しています(英語の上手な人はできる。日本人のrとlのようなもの)。
 自言語なりの表記に落として書く、というのは、どの言語でも行われることですが、実際の発音は耳で聞いた印象に近く読むのが普通です。似ても似つかない表記をした上、その字面通りに「アッバス」とか読む日本人は、かなり異常な存在ではないでしょうか(追記:でもアメリカ人もإسلامをislamとかいてイズラームと読んでいる人が多いし、あんまり聞いてないかもw)。

 ちなみに、世界史に登場する「アッバース朝」は、ちゃんと「アッバース」と書かれています(しつこいですが、これでも正確な発音ではありませんが、十分合格点でかつここが限界)。「アッバス議長」とまったく同じ名前です。
 なぜ「アッバース朝」なのに「アッバス議長」なのか、さっぱりわかりません。
 日本のマスコミは何気にハマースの肩を持っていてアッバースが嫌いなのか!?というネタを思いつきましたが、考えてみるとハマースも「ハマス」って書いてますよね・・・。

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テーマ:エジプト - ジャンル:海外情報

  1. 変なカタカナ表記が英語経由で発生する|2009/12/11(金) 17:37:15|
  2. エジプト留学雑記

エジプト人の見た日本

 ふと思い出したのですが、先日、日本を十日ほど訪れたことのあるエジプト人が、日本の印象を語っているのを聞く機会がありました。
 エジプト人同士の会話を横で聞いていたので、今ひとつ心もとないのですが、こんな感じでした。

・初日は東京のオリンピックなんちゃらという施設に泊まり、刑務所みたいだった
・高知にホームステイした。とても素敵なところだった
・エジプトを出る時「知らない人がこんなに親切にしてくれるのはエジプトだけだから気をつけろ」と言われたけれど、日本人も親切だった。ただし、こちらから尋ねなければ勝手に助けてはくれない(エジプト人は呼びもしないのに助け始めるw)
・道に人がいない(エジプトでは家の前とかその辺に椅子を置いておっちゃんがダベっている姿が基本なので、道が文字通りの通路でしかなく、公共空間として使われていないのに驚いたらしい)
・気候は素晴らしい。エジプトよりずっと良い(わたし個人はあんまり同意しないw)
・唯一の問題は食べ物。不味い

 食べ物が不味いというのはどういうことなのだろう、と思って聞くと「ワニの肉を食べさせられた」とか言います。外人が来たと思って変わったものを出したのが裏目に出たのでしょうか。一体どういう状況だったのでしょう・・・。
 また、朝ご飯に魚が出たりするのも、受け付けないようです。エジプト人は魚も食べるし、彼は大好きとのことですが、朝は豆!というのがエジプトの定番で、魚は食べたくないそうです。わたしも朝から魚なんて食べないですが、温泉旅館の朝食みたいな感じだったのでしょうか。
 食べ物の不満を言われて意地になるのもみっともないですが、ワニを食べて「日本食不味い」と言われるのは心外です。卓球で負けたボクサーが「あいつは弱い」って言われているような気分です。せめてボクシングで負かしてくれ!という。
 親愛なる祖国の皆さん、外人が来た時は、張り切らずに普通のものを普通に出してあげてましょう・・・。

 そういえば、先日訪れたルクソールOASISのYさんの旦那さんが日本を訪れた時は、以前にちらっとネタにさせて頂いたように「木に異様にはしゃいでいた」以外に、

・食べ物は美味しい。不安で用意した乾燥モロヘイヤを全部捨てた
・デパートで働くYさんの友人を一緒に訪れたところ、彼女が接客を続けていて驚いた

 というのがありました。
 エジプトなら、何人客が行列していようが、友達が来たら仕事を放り出して挨拶します。
 エジプト人的には、日本人の態度は「友達が来ているのに何て薄情なヤツだ」と映るようです。まぁそれもわからないではないですね。日本人は仕事優先しすぎです。
 エジプト人には、もうちょっとだけ仕事を優先して頂きたいですが・・。

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  1. エジプト人の見た日本|2009/12/10(木) 02:44:38|
  2. エジプト留学雑記

日本語を話すエジプト人、現地で学ぶメリット

 日本語のできるエジプト人というのは、いるところには結構います。
 ウストゥルバラドや観光名所で片言の日本語を叫ぶエジプト人は掃いて捨てるほどいますが、あれはできるとは言わないので除外。
 キチンと勉強している人はそれなりにいますし、数人はびっくりするくらい上手な人に会ったことがあります。
 ただ、これらの人たちが皆日本に行ったことがあるかというと、そんなことはなくて、物凄いハイレベルの日本語を操る人でも、日本には行ったことがない、という人の方が多いと思います。
 こういう人たちの日本語に出会うと、いつも奇妙な感覚を覚えます。
 驚くほど日本語が上手なのに、文化的な空気が、エジプトそのままだからです。ぶっちゃけ、こういうタイプのエジプト人の日本語は、日本的基準だと「失礼」なのです。
 エジプト基準なら、ちっとも失礼ではありません。彼らには彼らの礼節の基準があるのです。ですから、アラビア語で話している時はまったく気にならないのですが、日本語を話していると「ちょっと、それはないんじゃない?」と言いたくなる時があります。
 ここはエジプトであって、何語で喋ろうが彼または彼女はエジプト人なのですから、エジプト式に物事を進めるのは当然であって、腹を立てるのは筋違いです。でも何か、ぬぐい切れない不快感があるのも、正直なところです。
 どんな言語も文化的コンテクストと表裏一体なもので、日本語なら日本の生活様式、人間関係の構築方式、日本の「生活の空気」というものを知らなければ、文法的には完璧でも、運用として不適切な言動をしてしまう結果になります。
 多分、留学等で現地に行って学ぶことのメリットというのは、この「空気」を知ることでしょう。新聞を読んだり基本的な会話をする程度ならどこでも学べるということは、多くの「日本語上手のエジプト人」が立証してくれています。
 逆に「場のノリ」にうまくシンクロできれば、言語プロパーがそれほど達者でなくても切り抜けられるのですが、それを言ってしまうと学習上問題なので(笑)、目を瞑っておきます。

 ただし、英語についてだけは、「現地メリット」みたいなものは完全無視して良いですし、無視すべきだと考えています。
 なぜなら、英語というのは、現在ではアメリカ人やイギリス人と会話するためのものではなく、第三言語として運用される場面が圧倒的に多いものであり、かつそういう目的で学ばれているものだからです。
 もちろん、「イギリス文学が大好き」で英語を勉強しているなら、話は違います。また、アメリカ人と商売するなら、アメリカ的バックグランドを知っておくのも、意味のあることでしょう。
 でも、日本人と韓国人が、共通言語として英語を使う時、アメリカ文化なんか知っていたって、何の役にも立ちません。むしろ邪魔です。韓国について知っている方が遥かに重要ですし、一番大切なのは、日本のことを英語で話せることです。
 こと英語について言えば、通じる範囲で「日本人英語」でも構わないと思いますし、アメリカやイギリスのことより、とにかく日本について勉強すべきでしょう。
 って、この話は鈴木孝夫さんの『日本人はなぜ英語ができないか』の受け売りですが、まったく同感で常々感じていることなので、大して英語も上手じゃないのに厚かましくご意見させて頂きます(この本は非常に面白くのでお勧め!)。

 司書さんのような仕事をしている、日本語のできるエジプト人女性と話しました。
 彼女の日本語レベルはなかなか高いので、他の日本語学習者に時々質問されているのですが、それでもわからなくて、わたしに尋ねてくれたのです。
 たまたま読んでいる文章で一箇所だけわからないところがあったので、教えた後で「ところでこれどういう意味?」とわたしも質問してしまいました。
 「発音がとてもきれい」と言ってもらえて嬉しいです。いやほんと、発音には苦労していますので、お世辞でも何でも天にも昇るほど幸せです。
 彼女とアラビア語で話している時は、いんちきエジプト人的な振る舞いや表情をしているのに、日本語になると、途端に「思い切り日本人」に戻るのが、自分でも面白いです。

 日本語を話すエジプト人女性と会話すると、最初はちょっと「怖い」んですよね。なぜだろう、と考えると、彼女たちは日本人みたいにすぐ微笑まないからです。また、会話のトーンが、日本人の感覚からすると怒っているみたいに「強い」ので、その調子で日本語を話されると、この「強さ」にすっかり慣れているはずなのに、ちょっとビビってしまいます。
 わたしも、普段は全然ニコニコしません。口調もデフォルト喧嘩腰です(笑)。スマイルを安売りして良いのは、日本の中だけです。あれは非常に危険なもので、気安くスマイルすると、付け込まれる隙を作るだけなので、むしろ笑わないように気をつけた方が良いくらいです。
 でも、日本語になって尚且つスマイルがないと、ちょっとドキドキするんですよね。「日本人、気安く笑いすぎ」といつも思っているくせに、ちゃんと怖くなるから不思議です。
 ある程度会話が進めば、エジプト人だってスマイルしてくれますから、そうなれば問題ないのですけれどね。

 ここしばらく、体調を崩すやら不躾な言動を投げられまくるなど(いつもだけど)イヤなことが続いて、心が内向きになっていたのですが、彼女たちと話してちょっと元気になりました。

馬車とトゥクトゥク
馬車とトゥクトゥク posted by (C)ほじょこ

 全然関係ありませんが、この写真の左端に小さく映っている赤いシャツのガキは、この直後に瓶を投げつけてきました。捕捉する前に逃げられたので、見かけた方は殴っておいてください(笑)。
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  1. 日本語を話すエジプト人、現地で学ぶメリット|2009/11/19(木) 03:06:02|
  2. エジプト留学雑記

エジプト人にとっての近隣諸国イメージ

 前から気になっていた「エジプト人にとっての、中東・北アフリカ諸国のイメージ」について、お喋りの中で聞き取りしています。
 イメージはあくまでイメージで、そんなステレオタイプなど当てはまらないことは当人たちも承知。日本人だって「韓国人は・・」というステレオタイプがあっても、全員その通りなんて思っていないでしょう。

 まず、アラブ・トルコ・ペルシャの三大民族について。
 トルコ人については、「高飛車」「支配しようとする」「美人」というイメージがあるようです。オスマン調時代のステレオタイプが文化的に続いているのでしょうか。
 一方、ペルシャ人については、何のイメージもないようです。「とても宗教的متدين」と言いますが、それはイランの現在の政治体制に由来するものでしょう。実際、エジプトで暮らしていると、トルコの影響は色々なところで目にしますが、ペルシャのイメージは全然ありません。「遠い国」という感じです。

 次に、アラブ諸国。
 モロッコやチュニジア、アルジェリアといったマグリブの国については、「開放的محرر」なイメージがあるようです。フランスの植民地支配が長かったので、ヨーロッパ色が強いのでしょうか。実際のところどうなのかは、行ったこともないのでわかりません。
 お隣のリビア、東隣のヨルダンについて尋ねましたが、「別に・・・」な反応。「道ですれ違ったらリビア人だとわかるか」と尋ねても「エジプト人じゃないけれどアラブ人、というくらいしかわからないと思う」とのこと。
 そもそも、リビアは地図で見るとエジプトと同じくらい大きいですが、人口は比較にならないほど少ないです。ヨルダンだって小さな国です。「リビア人」「ヨルダン人」の絶対数自体が多くないのです。ナイルの恵みがいかに偉大であるか、思い知らされます。
 シリアは「独裁国家」、ヨルダンは当然、欧米色の強い国。
 ヨルダンと言えば「美人」ですが、「外国のイメージになると、みんな『美人』と言うし、要するに外国人は全部美人だと男の人は思ってるんじゃない?」との鋭いコメントも頂戴できました。
 サウジアラビアは・・エジプトとは微妙な関係ですね。この辺りは、かなり政治的な発言になるので、仲良くなって第三者のいない状況でないと、気安く尋ねられません(以前、うっかり大勢人がいるところでガマールとアムル・ムーサーの話をしたら、相手の女性が引きつった顔で「みんなムバーラク大統領が好きです」と言ったのが印象的でした)。サウジアラビア人はとても「宗教的」だけれど、上からの強制という色彩が強く、そういう「法律のような宗教」にエジプト人は反感を抱くようです。わたしも同感です。
 イラクについて尋ねようとしたところで、逆に「日本人はイラクをどう思っているの?」と聞かれてしまいました。
 わたし個人については、イスラーム帝国全盛期の都バグダードは、死ぬまでに一度は訪れたい町ですが(今行く根性はナシ)、日本人一般にとっては「戦争」の一言でしょう。
 「イラクとイランは、日本語ではとても似ている。区別のできない人もいる。イラクはアラブで、イランはペルシャだということも、知らない人が多いのではないか」と言うと、びっくりしていました。

 日本では、つい「アラブ」とか「中東」とか一括りにしてしまいますし、パレスチナもイラク戦争も同じくアラブの大問題だ、と考えてしまいますが(実際そうなのですが)、エジプトでは、パレスチナへの意識が非常に強い一方、イラクについては、あまり話題にしたこともありません。
 新聞を眺めていても、パレスチナ関係の報道は毎日ありますが、イラクのニュースは多くありません。

 ちなみに、共にエジプトを支配した歴史を持つイギリスとフランスについては、イギリスのイメージが悪いのに対し、フランスは好印象です。
 「イギリスは長く支配し、多くのものを奪った。一方、フランスの支配は短く、与えてくれたものも多い」とのこと。

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  1. エジプト人にとっての近隣諸国イメージ|2009/11/19(木) 03:01:04|
  2. エジプト留学雑記

日本語のラ行はアラブ人にどう聞こえるのか RとL、PとB、VとFとB

 F先生と、話の流れで発音の話題になったので、以前書いた「pの代替文字はないのか」という話題を振ってみました。
 pの代替文字はやはり存在しない、とのこと。
 同じくアラビア語には存在しないv音、エジプト方言ではg音に置換された結果なくなってしまったj音には、代替文字があり、どちらの発音もエジプト人は簡単にできる、ということは前に書きました。
 にもかかわらず、多くのエジプト人がpを発音できないのは「弱い音を強くするのは簡単だけれど、強い音を弱くするのは難しいから」という説明をされました。
 そう言われてpとb、vとfを比べると、確かに強弱があるようにも思えますが、考えたこともない発想だったので新鮮でした。

 同じくv音の存在しない日本語では、v音はb音で代替されることが多いですが、アラビア語ではf音で代替されます。videoは、日本語なら(「ヴィデオ」でなければ)「デオ」ですが、アラビア語ではفيديو(フィディユ)です。アラブ人にとってvはfに近いけれど、日本人にとってはbに近いのです。
 これをF先生に言ってみたら、非常に面白がってくれました。
 この原因の一つは、そもそも日本語のf音が、アラビア語のf音よりh音に近いからではないか、と思います。
 「ふぁ、ふぃ、ふ、ふぇ、ふぉ」とは言えますが、ほとんど外来語でしか使われないでしょう。
 「ふ」は「は行」の中で唯一子音がfということになっていますが、日本語の「ふ」の発音は、f音と言ってもかなりh音寄りです。
 アラビア語の場合、下唇を一瞬噛むくらい前の方で発声するので、v音との親和的なのでしょう。英語の場合も口の前よりの空気感を強調して発音すると、h音との弁別が明瞭になって良いと思います。
 v音は唇を使うことが特徴的な音ですが、日本語のf音はfと言ってもあまり唇を使わず、fとhの中間のような音です。そのため、v音を日本語に落とし込もうとした時に、破裂音としてのb音が先に候補として上がったのではないでしょうか。
 逆に言うと、アラビア語ほど強くはないでしょうが、英語の場合でもf音は唇を使うことを意識しないと、日本人の発音はh音ぎみになってしまいます。

 日本人の永遠の課題、rとlについても話題になりました。
 アラビア語のrは強い巻き舌なので、英語に比べれば弁別は楽なのですが、早口で話している時、特にエジプト方言では、あまり巻き舌は強調されず、少し英語寄りになります。
 前から興味を持っていた「日本語の『らりるれろ』はエジプト人には何に聞こえるのか」を試させてもらったら、「何それ!? うーん、それは本当にر(r)とل(l)の中間だね。両方を続けて言っている感じがする」と言われました。
 「日本語の『ら行』がrとlの中間だから日本人には両者の弁別が難しい」というのは、よく聞く話なのですが、エジプト人で直接確認することができました。
 ちなみにこの時「らりるれろ」と何度も言っていたら、「それは歌?」と聞かれました(笑)。

 rとlについては、「l音はn音に近い」というのが、一つのコツだと思っています。l音というのは、ちょっと舌足らずというか、甘えた感じの音ですよ。
 「舌先を口蓋の上に付ける」という説明がよくありますし、その通りなのですが、「らりるれろ」より不明瞭でn音に近い、とイメージした方がわかりやすいと思います。
 rとlは、どっちも日本人にとっては「音が完成していない」感じの感覚になったら、それが正解のはずです(わたし理論)。

 前に書きましたが「何はなくとも文字を分けてみる」というのは、本当に有効な方法なのでは、と思っています。
 試しに「らりるれろ」はr音にあげるとして、l音は「ら」に点々を付けてみるとか、新しい記法を考えてはどうでしょう。
 この記法が定着して五十年くらい経つと、日本人のrとl能力が上がっているのでは、というメソッドを提唱してみます。

 最近になって、「非日本語話者には拗音が難しい」という話を知ったので、「にゃ」とか「りゃ」とかの音を真似できるか尋ねたら、超絶子音の多いアラビア語話者にとっても難しいようでした。すごく変な音に聞こえるようです。
 ただ逆に、彼らの発声の中で、日本人の耳で聞くと拗音ぽく聞こえる、というものはあります。
 例えばنعمة(恩恵、神の恵み)という単語を無理やりカタカナで書くと「ニウマ」になると思うのですが、聞いた感じはどちらかというと「ニャアマ」です(多分、この時の「にゃ」は、彼らにとっては逆に「音が完成していない」イメージになるはず)。
 神様の恵みがニャアニャア言っている感じでかわいいです(笑)。

 発音ネタついでに、今回は別に話題にしていないのですが、خ(kh)の音について。
 khは英語にはありませんが、ドイツ語でおなじみです(Bachのch)。
 この発声について「いびきをする時のように、口蓋の上でこすらす感じで」という説明をよく見かけるのですが、多分、こすらせる場所がそのイメージよりは少し前です。
 khと表記されるくらいなので、kの仲間で、kを言おうとしてحのような喉音というオチ(h音ではなくハーッという息の無声音の方向にオチる)、みたいなノリだと丁度良いです。こする場所が、口蓋上部の結構前の方です。
 と言っても、耳で聞いた印象は、日本語の「カ行」よりは「ハ行」に近いです(どっちももちろん違いますが)。わたし個人は、カタカナ表記は「ハ行」を使っています。

 発音や類似した子音の聞き分けというのは、淡々と努力すれば段階的に身に付けられる、というものではなく、スポーツに近いものがあります。
 文法を理解するだの、単語を覚えるなんてのは、頑張っていれば必ず上達するのですが、身体に近い領域のものは、頑張るとっかかりというのがなくて、難しいものです。
 その点、子音の異様に少ない我らが日本語は、圧倒的に不利です。対して、アラビア語話者は、主たる言語を学ぶ上で障害になるのはp音くらいのものなのではないでしょうか。
 この、常々抱えていた愚痴をF先生に話したら、とてもよく理解してくれ、「わたしもpを習得するのは大変だった」と言ってくれました。

 こういう言語そのものに対する関心を共有できるので、彼女は楽しい話し相手です。

 念のためですが、実際の会話や聞き取りで重要なのは、個別の発音がどうとかいうより、ノリにシンクロすることですし、厳密な弁別ができていなくても、語彙力と文脈から類推できれば十分だと思います。アラビア語の場合、とにかく「子音が命!」なので、英語よりは大分壁が高いですが・・(読む時は視覚的に語根を取れるので簡単ですが、聞きながら直観的に三子音を取り出しイメージ・類推する、というのも、段々できるようになってきました。アラブ人の脳みそは絶対この仕掛けが入っているはず!)。
 発音ということでは、個々の子音の弁別より、リズム感がなくてやたら母音をつけてしまう発声の方が聞き苦しいです。

DSCN4272
マルチーズ@夜のタハリール posted by (C)ほじょこ
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  1. 日本語のラ行はアラブ人にどう聞こえるのか RとL、PとB、VとFとB|2009/11/15(日) 09:07:15|
  2. エジプト留学雑記

減るもんじゃなし、は必ず減る

 ヒジャーブその他の「武装」を解除した美人さんのことを書いたら、「超絶美女期」を隠してしまうのがもったいない、というご意見を頂戴しました(念のためですが、そんな美女はエジプトでも日本でもフランスでも一握りですよw)。
 思うところが色々あります。

 個人的にはですね、やっぱり隠すべきだと思っています。具体的にどこまで隠すねん、というのはさておいて、大雑把に「慎ましさ」といのは、非常に重要ですよ。
 少なくともアラブ世界では、女性の就労は男性に比べて遥かに不利ですし、国によってはほぼ不可能です。となれば、彼女たちは、人類学的な意味で「交換される」しかない、つまり自らの価値を最大限に発揮して「永久就職」するしかないわけです(離婚も非常に多いですが、慰謝料が莫大なので女性はあまり損しない)。
 その時、美醜によって極端な格差ができては、社会的な不平等感が過大になります。どうせ結婚するなら、男性は美人と結婚したいでしょうが、「結婚できない=生活できない」のだとしたら「ブサイク=死」です。それではいくら何でも過酷すぎます。
 まぁ「美人も三日で飽きる」と言いますし、そんなしょうもないことで振り回されては、男性も女性も不幸でしょう。アラブには「醜さは女の番人」という諺があります(ブサイクの方がむしろ穏やかに暮らせるよ、という教え)。
 心配しないでも、超絶美人でも十年後には象さんですから、むしろ良い象か悪い象かで選んだ方が男性も身のためです(笑)。

 こういうことを書くと「ええやん、減るもんじゃなし」と言う男性がいますが、大間違いです。
 減るんですよ! これは本当に、減るんです!
 「減るもんじゃなし」と言われているものが実は減る、ということを認識しなければ、大人の女になれません。それを忘れてしまったことが、日本の女性の大失敗でした。
 いや、別に減ったら減ったで、別の生き方を模索すれば良いので、それも一つの選択なのですよ。問題は、「永久就職」的ロマンスを捨てきれないくせに、そこでものを言う価値を安易に安売りしている、ということです。
 「交換される対象」としての価値で生き抜きたいなら、その価値を最大限に生かすよう「隠す」必要があります。
 その価値を捨てる、あるいは依存しないなら、別に隠す必要もないし、「減って」も気にしないで大丈夫です。

 ここにはもちろん、対男性だけでなく、対女性という要素もあります。ぶっちゃけ、嫉妬を買うからです。これは洋の東西を問わず非常に恐ろしいものなので、みんなおしなべて隠しておくのが、一番平和です。本当にこれは、素晴らしい仕掛けなんですよ。

 また、「ロマンス」ということでは、女性だけでなく男性も、日本ではロマンスが過大です。いわゆる先進諸国の中では、日本と韓国がずば抜けて結婚・恋愛についての「ロマンス志向」が強いそうですが、もし「米国並み」を目指したいなら、男性も変な夢は捨てることです(「目指すべき」だとは全く思いませんが)。
 もちろん、エジプト男性は、日本男性の比ではなく超ロマンス志向です(笑)。彼らが女性や恋愛に抱いているファンタジーの強度は、日本男性の比ではありません。空でも飛べる気でいます。

 「交換価値」か「その他の価値」、この二つの志向性は、厳密に「二者択一」というわけでもなく、無数の中間レベルが想定可能なものですが、個人レベルでも社会レベルでも当てはまるはずです。
 一つの問題は、個人レベルで「わたしは交換価値は捨てた、力で生き抜く!」と思っても、当該社会がそれを許さない場合がある、ということです。
 各個人と各社会には、それぞれ「女性の交換対象度および女性の社会的自由度」というのがあって、個人と社会で一致していれば割と楽チンですが、ズレていると結構大変です。

 まったくの個人レベルでぶっ飛んだキャラだったせいで苦労する、というのは、根性さえあれば乗り切れるのでまだ良いのですが(わたし個人はココw)、この歪みが社会そのものに内属していると厄介です。
 どういうことかというと、「減るもんじゃなし」な風潮に乗せられてさんざん安売りした挙句、最後には専業主婦か何かに落ち着く、という一連のコースがモデル化していると、そのモデルには内的な矛盾があるので、世の中全体で歪みが拡大していく、ということです。今の日本がそうでしょう。
 さんざん安売りして肌も髪も露出し、挙句に性交渉さえ奔放に行われていて、最後の一発で「身売り」しようとしたって、値踏みされるのは当然です。
 そして、こうして「安く」なった「嫁」しか期待できないとなれば、男性たちが結婚に消極的になるのも当たり前でしょう。

 「減るもんじゃなし」を容認するモデルで突き進むなら、社会全体で女性の生涯就労および「パートナー」的婚姻関係を受け入れるしかないし、日本は将来的にそうなっていくのかもしれませんが、今のところ旧来のモデルと混交としているところがあり、結果的に「普通にやってきたのに結婚できない」というアホな勘違いと不幸の原因を作ってしまっています。
 もちろん、就労という面については、個人の努力だけでは限界があるので、そちらに進むなら社会全体として覚悟をもって作り変えていく必要があります。

 もちろん、「女性の社会参加」が進めば「交換価値」など捨ててしまって良いかというと、そんなに話は簡単ではありません。
 女性が男性同様に就労すれば、当然男性の職を奪う結果にもなります。
 第二次大戦終戦直後に、米国で「女性は家庭に」のモデルがもてはやされたことを想起すべきです。戦線から帰った男たちに職を確保するには、女性を家庭に押し込める必要があったのです。
 女性と男性がまったく同等に職を奪い合うなら、今度は職にあぶれた男性に対する社会的セイフティネットが必要になります。
 女性の場合、まだ伝統的なネットが機能しますが、特に日本は職のない男性に冷たすぎます。職がないだけで気の毒なのに、男性が平日昼間にブラブラしているだけで、犯罪者か何かのような目で見る人がいます。
 そうした「後衛」の備えが全然ないにも関わらず、「女性もどんどん働いて、性も奔放に」というのでは、うまく行かないに決まっています。

 米国と日本のホームレスを比べると、米国では男性・女性共にホームレスがいるのに、日本では女性のホームレスは非常に少ない、という記述を読んだことがあります。
 良くも悪くも、日本の女性は上に行きにくい分、下にも落ちにくいのでしょう。
 これが男女平等になることが一概に良いとは思いませんが、結婚の価値を貶め、女性の就労を推進し、男性をどんどん職から弾き出す、というなら、この種の「平等」も覚悟すべきです。

 エジプトの男性が結婚するのは、日本の男性より遥かに大変です。
 まず家を用意しなければならないし、昨今の家賃高騰の影響で、賃貸ではなく持ち家を要求されることも多いです。その持ち家を買うなんてのは、一般エジプト人にとっては果てしない難関で、そのせいでどんどん晩婚化が進んでいます。本人ではなく親が三十年ローンで買ってあげる、ということもあるそうです。
 以前知り合ったエジプト人男性には婚約者がいましたが、結婚資金が足りずに正式に結婚できず、夜も昼もトリプルワークくらいで寝ないで働いていました。しかも、しんどそうな顔は少しも見せず、むしろ誇りにしているようでした(その分仕事はトロいのですがw)。
 そんなものすごい苦労があるにも関わらず、ほとんど毎日、結婚式の大騒ぎを目にします。
 多大な困難にも関わらず、エジプト人は結婚します。
 それは一重に、女性の「交換価値」が高いからでしょう。「減るもんじゃなし」が減るとわかっているので、減らないように大事にして、結婚に賭けているのです。社会全体で、結婚と女性の価値を下支えしているし、その規範に従った男性にも敬意を払うのです。
 この状況が全面的に良いとは言いません。個人的には、むしろウザい部分も多いですし、エジプト男性の「保護し支配する」性質には心底うんざりしています(笑)。エジプト人自身も、多額の結婚資金などはおかしい、と思っている人が少なくないでしょう。また、女性についても、裏を返せば「交換価値」以外の価値が貶められている、と言えます。
 でも、結婚に期待し、結婚の社会的位置付けを保とうとするなら、これくらいやって丁度だ、ということです。美味しいところだけつまみ食いしようとしたって、うまく行かないに決まっています。

 少子化が問題視されていますが、ただの「お付き合い」ならともかく、子供を作って育てるとなれば、結婚、もしくは類似の社会的システムは必須でしょう。新しい子育てシステムを作るにしても、「結婚と家庭」に匹敵するようなシステムを定着させるには、百年二百年はかかるはずです。
 そこでとりあえず、結婚と子作りをセットにしてみるなら、結婚への志向性を高めなければ、子作りへの志向性も高まりようがない。
 そして結婚を志向するには、女性の「交換価値」が一定以上でなければならない。別にアラブ世界ほど「隠しまくる」必要はないかもしれませんが、一定以上はないと困ります。
 多分、今の日本はその価値が敷値を割ってしまって、なおかつ「新型結婚」のモデルが模糊としてつかめないでいるのでしょう。

 話が膨らみすぎましたが、「見せないのがもったいない」とか「減るもんじゃなし」というのは、軽々に言って良いことではありません。
 まぁ、世の男性は何千年もそう訴えてきたのかもしれませんが、女性は乗ってはいけないし、昔は家庭や社会の目が厳しくて、乗りたい女性も乗れなかったのでしょう。アラブ世界では、もし姉や妹など家族の一員に対しそんな口を聞く男性がいれば、兄弟が確実にブン殴りに行きます。もし「乗った」ら、女性も殴られるでしょう。
 その世界にはその世界の問題が色々あったでしょうし、エジプトには今でもありますが、そこには一定の理があるし、このホメオスタシスを壊すというなら、少なくとも次の定常状態を見つけるまで、相当のカオスと不幸を覚悟すべきです。
 ご先祖様が何千年も繰り返してきた仕掛けというのを、軽く見てはいけません。「今の仕掛け」を冷静に眺めて、あと千年繰り返せると自信を持って言えないのなら、頭を垂れ死者たちに教えを請うべきです。
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  1. 減るもんじゃなし、は必ず減る|2009/11/13(金) 02:23:56|
  2. エジプト留学雑記

「エジプト語」と人民のフスハー

 「アーンミーヤ(エジプト方言)に正書法を与えて『国語化』しようとする人々はいないのか。いるとしたら、どのような人々なのか」「誰にとってアーンミーヤが都合よく、誰にとってフスハーが好都合なのか」。
 この非常にエキサイティングな問題について、ある程度の知識も答えも持ってはいたのですが、F女史と正面切って話す機会に恵まれました。
 多分に政治的・宗教的な話題なので、ある程度関係ができないと、おいそれと話題にできません。もちろん、無教養な人に聞いても議論になりません。エジプト女性のすべてが話しやすいとは全く思わないのですが、F女史は若い世代のエジプト女子で、かつ知性と教養に恵まれ、敬虔なムスリムであると同時にフェミについての知識も持ち合わせるという、性格やものの考え方的に非常にノリのあう貴重な話し相手。この話題には最適でした。

 アーンミーヤに正書法を与え、国語化することで得するのは誰なのか。もちろん、宗教寄りではない知識人で、政府寄りの人間です。
 これに一番反対するのは、これまた当然、宗教色の非常に強い人々。

 ここまでは言うまでもないことですが、重要なのは、大衆のほとんどが「フスハーはますます弱くなっていくだろう」と漠然と感じていて、尚且つ「フスハー=信仰の言葉」というイメージを抱いていること。
 もちろん、フスハーはイスラーム専用の言語ではありません。アラブ民族主義華やかなりし頃に、「アラビア語を話す者としてのアラブ人」というアイデンティティ形成に大きな役割を果たしたのは、キリスト教徒たちでした。
 ですが、アラブ民族主義のすっかり忘れ去られた現代にあっては、大衆の不満をすくい上げるのはイスラーム復興・イスラーム主義の思想であり、ろくにフスハーを喋れない人々ですら「フスハー=信仰の言葉」という固定的なイメージを抱いています。

 政府や政府よりの知識人は、もちろん「フスハー=信仰の言葉」などではないことはわかっていますが、同時に大衆にそういう固定観念があることも知っています。ですから、フスハーがあまり力を持ってしまうことは、嬉しくないわけです。

 ここで非常に面白いのは、一見すると、富裕な知識人の方がフスハーの肩を持ちそうなのに、実際は、いかにもフスハー教育の行き届いていなさそうな大衆や貧困層の方が、フスハーを大切にしている、という捩れ現象です。
 新聞や雑誌でもっとアーンミーヤ記法が使われれば、教育のない人々でも情報アクセスが容易になるように見えますが、大衆の支持を集めているのはムスリム同胞団などの宗教寄りの勢力であり、この人々にとってはフスハーこそが「第一の言語」なのです。
 フスハーというと、「公式の言葉」「知識人しかキチンと喋れない」というイメージがありますが(実際、正確に流暢に話せる人は教養人だけ)、その存在意義と価値については、むしろ教養なき大衆にこそ支持されているのです。
 「フスハーの喋れない人までが、フスハーを愛する」空気には、こうした政治的背景もあるわけです。

 教養の求められる言語が、教養のない人々に求められ、反政府的思想が伝統への回帰を主張する、というのは、捩れに見えますが、もっとよく考えると捩れでもないことがわかります。
 権力にとって都合の良い大衆とは何でしょうか。
 「眠っている」大衆です。
 権力は常に、大衆には何も考えていて欲しくないのです。エジプトに限った話ではありません。日本の方が、より深刻に支配が浸透していて、大衆は娯楽と現世的な夢に溺れ、文盲と白痴ばかりが溢れているではありませんか。その辺のおっちゃんでも一家言持ち、一語学教師の女性が政治と信仰を語れるエジプトの方が、遥かに政治意識・知的水準が高いです。
 エジプトの大衆は、日本人ほどぐっすり眠ってはいません。

 一応いくつかフォローしておくと、フスハー/アーンミーヤという弁別は、日本で考えられているほど絶対的なものではありません(こんなことに興味を持っている日本人が既にかなり少数派ですが・・)。
 最初に耳で聞いた時は「これが同じアラビア語か!?」と驚いたほど違うエジプト方言ですが、勉強すればするほど「一つの言語の別の局面」というアラブ人のとらえ方が、自然に見えてきます。
 「どこから先がフスハーで、どこからアーンミーヤか」というのも、人によって言うことが違います。また、会話の中で両方の構文や表現が入り混じることもあります。テレビの討論番組などに登場する知識人は、基本の文法はフスハーで喋っていますが、単語レベルの発音はエジプト方言です。

 また、「アーンミーヤ記法が用いられれば、情報アクセスが容易になるのではないか」というのも、一面的です。
 まず第一に、本当に教育のない人は、そもそも字が読めません。字が読めなかったら、記法もへったくれもありませんから、アーンミーヤの正書法なんか出来ても、何の足しにもなりません。
 第二に、文字にしてしまうと、アーンミーヤとフスハーの距離というのは、驚くほど小さいものです。
 アラビア語がある程度分かる人なら、新聞などを流し読みしている時、正確な発音、特にイウラーブがわかっていなくても、大体の意味が取れる、ということをご存知だと思います。日本語で、漢字の読みを正確に知らなくても何となく意味がわかるのに似ています。
 これはエジプト人にとっても同じで、新聞だから誰でも読んでいるわけですが、ではこの読者達に正確なイウラーブで発音してみろ、と言ったら、かなりの確率で間違えるはずです。
 つまり、新聞を読む程度のレベルであれば、それほど高いレベルでのフスハー理解がなくても、何とか読めてしまうのです。
 第三に、「正書法がない」と言っても、「大抵はこう書く」というパターンはそれなりに共有されています。新聞の一部でアーンミーヤが記述されていたら、外国人でも大体のところは読むことができます。
 要するに、「読み」という面についてだけ言えば、アーンミーヤの正書法が確立されることによるメリットというのは、外人の考えるほど大きくないわけです。

 「捩れ」と言えば、もう一つ面白い現象があります。
 衛星テレビの子供向け番組でフスハーが使われている影響で、若い世代の方がむしろフスハーが上手なのです。
 実際、四十少し前くらいのうちの大家さんのフスハーは酷いものですが、その十二歳の娘のフスハーは大変美しいです。
 フスハーが「古い」言語で、アーンミーヤが「新しい」言語、というとらえ方は、一面的に過ぎます。
 もちろん、発生論的にはフスハーが古いわけですが、そのフスハーもクルアーンの時代から変わっていないわけでは全然なく、現代フスハーがまとめられたのは、せいぜいこの二百年くらいのスパンの話でしょう。
 イスラーム復興となれば、これだけ盛り上がったのは三十年くらいの話で、「若い世代ほど信仰熱心」という、日本における伝統や宗教に対するイメージとは反対の状況があります。

 話の流れで、F女史の個人的な話題にもなりました。
 「この仕事を始めてから、フスハーも英語もずっと上達した。普段の生活の中で、フスハーを使うのは学校の中しかない。わたしの父は大切なことを話す時にはフスハーを使うけれど、やっぱりそれは特別な時で、普段はアーンミーヤしか使わないし、アーンミーヤで話したい。でも、教えていく中で、前よりずっとフスハーが理解でき、好きになった。一人のムスリマとしても、フスハーを理解することは必要なことだ。給料は安いけれど(笑)、この仕事を通じてアラビア語がずっと好きになれた」。
 日本人日本語教師の方も、似たような経験をされているのではないでしょうか。

 フスハーが知識人のもので、大衆の言語はアーンミーヤ、というのは、一面的なものの見方にすぎません。
 確かに大衆はアーンミーヤで生活している、というか、知識人だって普段はアーンミーヤで暮らしているわけですが、フスハーは別段「気取った言語」ではなく、それ以上の政治的意味を帯びています。
 言語は常に政治的なものです。一見「高級」で超絶難解なフスハーが、大衆的イスラーム復興とリンケージしている、というのは、非常にエキサイティングです。
 「古く深い知」へのアクセス経路が身近に残されていて、しかも教養なき大衆すらもが、その意義を多少なりとも理解している、という現況は、痴呆化の進む一方の日本の状況より、遥かに恵まれていると言えます。日本の大衆と言えば、麻薬のような娯楽と現世的些事に釣られて、権力の元で眠りを貪るばかりです。

ガーマ
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