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中国のエジプト人 義烏のアラブ人ビジネスマンたち

中国のエジプト人
中国のエジプト人 アラビア語を話す地

 「中国にあっても知を求めよ」。この有名な諺は、最果てに遠い国についての諺だった。本紙は、中国で暮らすエジプト人たちの体験を追い、彼らの抱える問題、情熱、そしてこの新しい社会に適応してく方法を取材した。
 この記事で、本紙は、本当の「エジプト地区」になりつつある中国のいくつかの都市の舞台裏を目撃した。その場所を最初に訪れた者に中国の許す、覇気溢れる空気の中で、アラビア語が飛び交い、アラブの雰囲気が支配しているのだ。中国の義烏市(义乌、義烏、Yìwū)を我々は散策し、「偉大なる中国茶」の喫茶店でくつろぎ、「龍の国」への道で外国人の「警備された者たち」を探した。

マウおじさんの国で 利益を求めてアラビア語を学ぶ

 中国におけるアラブの投資は、簡単な手続きで済むが、言葉の壁が中国の売り手とアラブの商人の間で障害になっている。中国の諸都市、とりわけ義烏市には、「世界最大のスーパーマーケット」でのアラブ人の仕事を簡単にしてくれる商業事務所がある。これらの事務所は、多くの中国人女性翻訳者を頼りにしている。シャウチン・シーはその一人で、ここ中国の事務所で頼りにされている。彼女は、電車で20時間ほどの湖南省(Húnán)から、商業分野での中国語から英語、またはその逆の翻訳の仕事のために、義烏市へやって来た。それはエジプトの事務所の一つを通じてのことだった。シャウチン・シーは「アラブからやって来ている商人のほとんどは、物の安さにつられてきている」と語る。この街のアラブ人の多さがが、シャウチン・シーが母国語の中国語と英語に加えてアラビア語を学ぶ動機になった。「アラブ人の商売が広がっていることを利用しようと思ったんです」。
 中国のすべての物事と同様に、これらのレストランや喫茶店でも、五時が日々の生活の中での区切りの時間だ。仕事は終わり市場は閉まるが、この街にやって来たアラブ人たちは、それよりはアラブの喫茶店(マクハー)に集まる方を好む。それらのほとんどは市の中心部のシマウ・チー地区地区に集まっており、そこで彼らは夜通しお喋りし、アラブの衛星放送を見たり、ウンム・クルスームのようなアラブ人の歌声に耳を傾ける。
 この街には多くのアラブ人がおり、およそ25万人にも達する。これはこの街とその文化に大きな影響を与えており、アラビア語は義烏市において、中国語に次ぐ文句なしの第二の言語だ。ホテルやレストラン、企業や商業事務所やその他諸々が、看板で使っている。多くのホテルが、提供しているアラビア語衛星放送の数を競っており、広告の中でも提供しているアラビア語チャンネル数に触れている。
 アラブ人の存在の影響はこれにとどまらず、アラビア語教育が、ただの娯楽ではなく、この街での仕事に必要なものの一つになっている。アナスは、新疆地区から仕事で義烏にやって来た一人だ。アナスはーーこれはチン・ドゥングのアラビア語名だーーは大学でアラビア語を学んだわけではなく、モスクで勉強したのだ。実のところ、目的は純粋に信仰のためではない。良い仕事のチャンスを得るためでもあった。
 アナスが義烏に来た時は、アラビア語はそれで仕事ができる程は広まっていなかった。アナスは本紙にこう語った。「最初はあるアラブレストランで働きました。お客さんと、できるだけ長く話すようにしたんです。沢山のお客さんと知り合いになって、暇な時間に彼らと一緒にアラビア語で話すようにしました。新しい言葉を学び、わたしのアラビア語は上達し、アラブと中国の商人の間での仲介に使えるまでになりました」。母国語である中国語、学習した言語のアラビア語、この二つが話せることを、アナスは仕事における彼の唯一の資本だと考えている。彼はほとんど毎日仕事に追われている。アナスの確信している通り、義烏に来るアラブ人は日に日に増えているからだ。

龍の国への道 ビザを求める旅

 中国への道は、すべてが整えられていて賑わっているように見える。旅はビザを求めることから始まる。早くビザを手に入れるには、まず中国の経済の動きを観察することだ。この国では、統合的な経済的な奇跡が、マスクス主義から資本主義へ、統治体制を変えることなく移行したことによって成し遂げられた。わたしが中国への初めての旅でビザをとるために中国大使館を訪れた時、わたしは楽観的に考えていた。中国は、わたしの寝室にまでその製品を届けている国だ。龍の国はわたしの訪問を歓迎してくれるように、最初は見えた。特にわたしは、エジプト人のとても小さなグループの一人だった。この極東の国への旅を決めた。この旅は飛行機で地球を半周する十三時間の旅だ。カイロの中国大使館の住所を調べ、ザマーレクのバフガトゥ通りの大使館に向かった。
 通りはザマーレクの他の通りと何ら変わるところはなかった。閑静で大使館の沢山ある通りで、住人は古い貴族階級の人々だ。静かな通りで唯一戸惑うのは、大使館の建物の前に終わりのない長い行列ができていて、閉ざされた鉄の門の前にはエジプト人たちがいて、手に手にパスポートと書類の山、さらにいくつかのカバンを持っていることだ。わたしは今、中国大使館のビザ発給ゲートの前にいる。ビザを求める人だかりの中の一人だ。門衛のところに行き大使館に入れてくれるよう頼んだが、にべもなく行列を指さされただけだった。
 後ろを見ると、行列の最後に大使館前の歩道でビザを待ちながら寝ているグループがいた。そこでわたしは、中国への旅の最初の一夜をいかに過ごすものなのか知った。わたしは希望が崩れ去るのを感じ、行列の終わりから離れて、道にいる人々と言葉を交わした。そこでわたしは、この時期に中国入国のためにビザを求める人が多いのはおかしなことではなく、広東で展示会があるからだ、ということを知った。大使館の前で一晩待ちーーつまり泊まってーー門が朝開くのを待つ、これが「中国の商業シーズン」の通例だったのだ。
 待っている何人かの人から、旅行事務所には、報酬と引き換えに、大使館の歩道で泊まっている旅行者を手伝ってくれるところがある、と聞いた。わたしは、カイロ中心の有名な旅行事務所に赴いた。そこでは職員が、この事務所が提供する「素晴らしい」サービスのために、ビザ発給の倍の価格を要求してきた。わたしは事務所の理屈を拒み、大使館の周りに散らばる「ビザ仲介業者」を敬遠し、通りで夜を明かすことを決めた。ウストゥルバラド(ダウンタウン)のマクハーで長い時間を過ごし、夜中の三時くらいにザマーレクの中国大使館に再び赴いた。予想と違い、門の前には誰もいなかった。門番のところに行き、場所を取っておくために記名させて貰い、ダウンタウンに再び戻った。ビザが取れると確信していた。
 翌朝、わたしは、自分の名前がビザを取得した最初の住人の中に中にないのを見つけた。苛立ちながら、どうしてなのか尋ねた。わたしは夜、最初に大使館に来たじゃないか。答えは用意されていた。大使館の近くの建物の入口にある「即席」マクハーに、中国への旅のチャンスを狙っている人がいつも待っているのだ、と。中国行きのビザを手に入れたい人たちは、このマクハーで夜を過ごし、最初に到着した人が「順番整理」の責任者となり、書類を手に入れ自分の名前と一番を書き込み、それから後に来た人に書類が行き、数が埋まるまで続く、という具合なのだ。最初に通りで過ごした夜から三日目に、やっとわたしはビザを手に入れ、中国への旅を始めることができた。

義烏 中国の敷居

 ほんの十年前まで、今日「世界最大のスーパーマーケット」と呼ばれるものはなく、ただ中国南部の小さな村があるだけだった。この村で一番大事なのは、貧困から逃げるために息子たちを周辺の都市へやることだった。十年の後、状況は打って変わり、住民に見捨てられた村は、中国の内外から最も人を集める街の一つになった。中国の奇跡を飛び越えてきた義烏は、中国経済の中心地上海から300キロに位置し、浙江省に属する。
 始まりは、中国政府が義烏の人々の貧困の苦しみを軽減しようとしたことだった。その時義烏に残っていた人たちは、農業を営んでいた。政府は街に多くの市場を作る計画を始め、他の都市で生産された製造物をそこに向けることにした。中国各地の工場は、製品の送り先を義烏の展示場とし、とりわけ2002年に同市の世界商業センターができてからは、この動きが強まった。このセンターは面積が百万平方メートルを越え、25万以上の品目を扱い、1000以上のコンテナが毎日出荷される。
 住民に見捨てられた村だった義烏は、多くの文化と国籍が入り混じるようになった。世界中から商人が集まり、通りに広がるレストランでは世界中のあらゆる食べ物を味わうことができ、アラブ料理にもお目にかかれる。街にはアラブ色が濃く、商店や工場、ホテルなどの掲示には中国語と並んでアラビア語が見られる。
 この義烏のレストランカフェ「シンドバッド」で、エジプトで立ち上げた会社に残るより中国投資を選んだ技師マフムード・イムラーンは、その物語を語ってくれた。「友人に一緒に中国旅行に行こうと誘われるまで、中国に行くなんて考えたこともありませんでした」。イムラーンは続ける。「ビザは手に入れたのだけれど、一回目は旅行に行くことが出来ませんでした。二回目は、最初にわたしと一緒に旅行するはずだった友人を訪ねるためで、あまり乗る気ではありませんでした。一週間を過ごすだけのお金もなかったから」。
 「義烏がとても気に入り、ここに投資することを考え始めました。一週間後には会社を作っていました。ここではすべてが簡単で、税金も安くて不当ではないし、すべてが秩序だっていて明示されています」。
 簡単で投資の容易な生活はイムラーンを魅了し、最初の訪問での三ヶ月の中国滞在では満ち足りず、同じ年のうちに舞い戻り、二年目は三ヶ月ごとに中国とエジプトで分けて過ごした。この時期に、資本金300万元で貿易会社を設立し、三年目には拡張しエジプトや湾岸の商人たちと仕事を始めた。一年後にはエジプト人のパートナーと衣類工場を中国に作り、カフェレストラン「シンドバッド」を開いた。
 マフムード・イムラーンは義烏で七年過ごしており、一日たりともホームシックになっていない。というのも「アラブ人とエジプト人がどこにでもいる」からだ。マフムード・イムラーンも、他の外国人滞在者も、何年も前から滞在していて何の問題も感じていないが、街は既に膨張を抑制しようとしていて、滞在場所を得るのは簡単ではなくなっている。
 ムハンマド・アリーは、義烏のエジプト人の問題についてこうコメントした。「大使館とエジプト人がまったく別になっています。一人ひとりのエジプト人が自分の問題に直面していて、たとえ失敗してもこれを解決しなければならないのです」。ムハンマドは続ける。「以前にエジプト人の連絡会を作ろう、という動きがあったのですが、個人的な利害のせいで台なしになってしまいました」。
 エジプト人商人で、この街への訪問を欠かさない一人であるムハンマド・サーリフはこう語る。「義烏市はわたしたちの仕事をとても簡単にしてくれた。以前は、多くの中国の街で商品を買い付け、運送のために一つの場所に集めていましたが、今は、想像できるものはすべて、義烏に専用市場があり、お陰で苦労も減り旅費も節約できます」。ムハンマドは続ける。「わたしたちと義烏の関係は、単に商業上の関係だけでなく、精神的な関係でもあります。この街でわたしたちは強く結び付いているんです。一年に何度も訪れなければいられないし、アラブのどの国にでもあるような、一つの村にここがなってくれることを願っています」。
 ほとんどのアラブ商人は、取引をアレンジしてくれる事務所と協力している。あるエジプト事務所のオーナーである匿名希望のミーム・アイン(訳注:イニシャル)は、事務所と商人の関係をこう説明した。「わたしたちの関係をかいつまんで言えば、事務所は、ホテルの予約をしたり、アラビア語や英語の通訳を商人に提供して言葉の壁を取り除く手伝いをしています。通訳はまた、市場での商人の証人にもなります。また、事務所で専用の必要書類を書いたりします。これらすべてのサービスに対し、事務所は5%の仲介手数料を受け取っています」。
 ただし、輸入についてはこのようなバラ色にはいかない、とミーム・アインは語った。そこでは事務所は別のやり方で仕事をしている。義烏市のあるエジプトレストランで働くヤースィル・アブドゥルカリームはこう語る。「中国人の商人と一緒に価格を引き上げている事務所があります。商品の値段が高くになるに連れて、中国人商人から一回、外国商人から一回、手数料を取っているんです」。
 ヤースィルは、イッ=シャルキーヤ県から、エジプトの商業事務所の一つの薦めで、月給4500元(700ドル)で働くために、義烏にやってきた。彼の働いているレストランのイラク人オーナーにとても世話になっており、住居も食事も提供してもらっているという。

中国の偉大なる茶

 エジプトのお茶は中国のお茶とは根本的に違う。単に飲み物の種類として違ったり、入れ方が異なるだけでなく、ここでのお茶は「安くていつでも手に入る飲み物」だが、中国では「伝説の作り出した国家的飲み物」なのだ。伝説によると、ウー・ロング氏が茶の葉を摘み、鹿を捕まえて家に帰ったところ、茶を籠の中に忘れてしまい、翌日にはこれが発酵していたという。彼は茶を乾燥させる方法を考え、沸騰したお湯を注いだところ、「熟成された茶」の発見に至ったのだ。
 中国でのお茶は、どこの家でもどんな場所でも欠かすことができない。中国人がよく言う台詞によれば、中国に家は七つのものが欠かせない。薪、米、油、塩、醤油、酢、そして最後に家になければならないのが、お茶だ。ここ中国でのお茶は、生活のスタイルであり、中国人が消してはならないと考えている伝統に息を吹き込むことなのだ。中国人は競って客を夕方のお茶に誘う。それは家であったり、中国の至るところにある喫茶店であったりする。そのうち最も有名なのが、北京の「ラーウ・シャ」だ。
 中国の茶館は四つの流派に分かれる。一つは北京流で、音楽や大衆物語を聞きながらお茶を飲み、文学者や文化人が集うものだ。一方、広東流は、広東省に由来し、食事の間にお茶を飲む。この茶館では、お茶に高額の料金が支払われ、無料の食事があり、お金持ちのためのものだ。また四川流は、四川省に由来し、中国人らはお茶を飲みながら将棋を指す。そして上海流では、自然の景観の中でお茶を飲むことが好まれる。
 バン・チャン・ミン・チャ茶店で、タン・リー・チンは中国茶の種類を説明し、中国には百以上の茶の種類がある、と語った。それらは味、香り、原産地、そして緑、しろ、赤、黒と色が異なる。また勿論、価格も異なる。この中国女性はしばし考え、それから、最も有名なもので十の種類がある、と語った。
االمصريون فى الصين: الأرض بتتكلم عربى

 これは非常に面白い記事でした。
 以前にエジプトにおける外国人との結婚 4というエントリで、タイ在住エジプト人のことを書きましたが、中国にも大勢のエジプト人がいるようです(エジプトにはもっと多くの中国人がいますが)。
 中国の地名や人名のアラビア語表記が沢山出てくるのですが、特に人名はよくわかりません。中国語の分かる方には「何書いてんだ」という部分があるでしょうが、ご容赦下さいませ。
 地名にしても、日本人は原音ではなく日本語読みで覚えてしまっているので、こういう時に問題ですね。
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  1. 中国のエジプト人 義烏のアラブ人ビジネスマンたち|2010/05/22(土) 03:05:39|
  2. 新聞・メディア

ルクソールのマリーナ建設

ルクソール投資
ルクソール投資 posted by (C)ほじょこ

ルクソールの「マリーナ」建設で政府が世界的競争入札を募る 開発省が計画に参加

 数週間の間にに、ルクソールの観光用の港「マリーナ」建設のために、政府は、国際開発事務所前で、世界的な競争入札を行う。開発には、ルクソール-アスワーン間で運行される180にのぼる動くホテルの船舶サービスのために20億ポンドがかかる。これは、開発省に属する「エジプト財政開発」金庫が融資計画参加に合意した際に明らかにされたもので、先の十一月の設立後、同金庫の最初の活動となる。
 開発省責任者によると、開発省に属する同金庫の計画への出資比率は10%を下回ることはなく、来年中に一万の新たな雇用機会が創出されることが決まっている。
 一方、同金庫を運営する親会社の保険会社社長ムハンマド・アブドゥッラーは、ルクソールのマリーナ計画について、上エジプトにおける最大の成長・発展計画の一つで、同金庫の参加により、この地域に一層の雇用機会が増強されることを期待している、と語った。
 また、インフラ計画が同金庫の最重要の活動となり、これを、市場の変動に左右されず、長期的な収益の保障された分野と考えている、と示唆した。
 エジプト財政開発金庫の資本は10億ポンドにのぼり、親会社の保険会社の出資比率は30%近くで、残りの株は、観光映画会社、海運会社、公営建設会社など、多くの政府系親会社に所有される。
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  1. ルクソールのマリーナ建設|2009/12/30(水) 01:41:32|
  2. エジプト留学日記

テキトーなムスリム、エジプトは失業率が低い説

 昼間はノロノロ自習したりして過ごす。
 昨日M氏にイフタールに呼ばれていたので、マグリブ前に出動。貧者への施しのテーブルを出している脇で(M氏は結構羽振りが良い)、一緒にご飯を食べることにします。
 と思ったら、M氏本人は断食していません! 昨日は「暑いから水だけは飲むようにしている」と言っていましたが(わたしもグラタン事件以来この「なんちゃって断食」)、水どころかタバコも吸ってるし、「さっき食べたからイフタールいらない」とか言っています。
 カナダ人ということもあってか、わたしが今まで会話した中で、最もいい加減なムスリムです。お酒も飲むらしいです。
 本人の言によると「スピリチュアル・ムスリム」で、「重要なのは形じゃない」「ファンダメンタリストはアホ」「神はわたしたちを苦しめるために作ったわけじゃない」とのことです。ちょっと形を軽視しすぎだと思いますが、こういういい加減なムスリムと交流することは、個人的にずっと願っていたことなので、ラッキーと言えばラッキーです。
 念のためですが、「いい加減なのが良い」とは思っていませんし、形が全然要らないという考えには反対です。ただ、こういう大雑把なムスリム「も」いて、それでも神様を信じていて、できる限りの信仰実践をしている、という風景全体が好ましいと感じています。

 遠い国の情報が上澄みだけ伝わるのは仕方がないし、他所様にはカッコイイ所を見せようとするのも無理ないですが、ムスリムがほとんどいない日本におけるイスラーム観は、余りにも形式的なものに偏っています。悪いことに、おままごとみたいなルールにやたら拘泥するのは日本人の大好きなところで、一部の日本人ムスリムがやたら教条主義的な面を喧伝しているようにも見受けられます(いい加減な面をアピールするのも変なので、これも普通かもしれませんし、そういうタイプのムスリムは世界中にいますが)。
 ただ、この点についてはもうちょっと複雑な要素もあって、ムスリムが少数派の国になるほど、自らのアイデンティティを確認するためか、信仰実践がより厳密になる、という傾向があるようです。これはこれで、心情的にはよく理解できます。カナダで暮らすエジプト人ムスリムたちがいかなるアイデンティティを形成するかについての報告で、母国で信仰実践が大雑把だった人が、移住をきっかけにムスリムとしての自覚に目覚める、というのを読んだことがあります(書名が思い出せない!)

 いい加減ムスリムでも、施しはそれなりに太っ腹だし、毎日自分で大量の食事をこしらえているようです。「お金を貯めてもあの世に持っていけるわけじゃない。善行を積むのは、死後に備えて木に水をやって育てるようなものだ。みんなも幸せになるし、わたしもハッピーだ」。
 ご馳走になったイフタールはこんな感じ。

イフタール

施し

 超定番メニューです。別に特に名前もない平凡な食事ですが、この構成は個人的に非常に好きです。サラダ、ヌードル入りの米、トマト煮込み、ペストリーに、イチゴジュースと生ナツメヤシ。生のナツメヤシはバラフといって、乾燥したタマルとはまた違う味わいがあります。写真には肉も写っていますが、肉は食べないので他の人に食べてもらいました。
 別に高級な料理でもないし、シュワルマとかコシャリといった有名ファストフードでもありませんが、こういう普通のものの方が遥かに美味しいです。米とサラダとトマト煮込みがあれば、他に何も要らないです。

 イフタール後、M氏のアパートにお邪魔する。
 念のためですが、こんな風に他人の部屋についていくのは、一般的にはまったくお薦めしません。ルームメイトと同居なのがわかっていたし、いざとなれば何とでも切り抜ける自信があるので、敢えてささやかなリスクを負っているだけです。
 多少なりともシタゴコロがあるのは初めからわかっていますが、それを言ったら、こっちも情報が欲しいというシタゴコロがあるので、駆け引きはお互い様です。
 授業の時間が迫っていたのでちらっとしかお邪魔しませんでしたが、非常に綺麗な部屋でびっくりしました。わたしの部屋よりずっと片付いていて、しょっちゅう神経質にあちこち磨いています。エジプト人の同居人に「ものは元の場所に戻す」ということを教えるのに半年かかった、とボヤいていましたが、本当にマメで感心しました。
 ちなみに、カイロ・アメリカン大学がニューカイロに一部移転した関係で、新市街中心部では家賃が下落傾向にあるらしいです。彼の部屋は2LDKで1600ポンドとうちより安いですが、家具つきではなく、ペンキ塗りから全部自分でやったそうです。

 授業に向かう途中、マイクロバスの運ちゃんが例によって「シーニーか? ヤーバーニーか?」とか聞いてくる。「ヤーバーニーヤだよ」と答えると「結婚してる?」と言います。指輪を見せると(本当は結婚してない)、運ちゃんが自分の指輪を外す動作をして「俺は結婚してない」とジョークを飛ばして、大笑いしました。

 久々の授業。S先生のお父さんぶっ倒れる騒動と休日が連続して、実に四日も授業がなかったのです。すごいことです。その間、わたしは何をしていたのでしょうか(笑)。
 「お父さんが倒れた」というのは、定番の言い訳ですが、彼のお父さんが高齢でしょっちゅう倒れていて、男兄弟がいなくて責任重大というのは事実なので、言い訳ではなく本当だと思います。付き合いも長いので信用することにします(嘘だとしても敢えて詮索しませんが)。
 今日はアーンミーヤの日。以前よりは大分マシになってきた感触がありますが、まだまだ非常におぼつかないです。
 アーンミーヤは本当に「ハイブリッド」で、先生に言わせれば「لغة言語じゃない」ということになりますが、そういうのが普通に言うところの「言語」でしょう。この混ざりっぷりがいかにもエジプト的で、馴染むに連れて段々憎めない言語になってきました。

 そういえば、エジプト方言で未来を表す接頭辞は、日本の教科書(ってほとんど見たことないですが)ではحのことが多いのですが、今先生と使っている教材ではهで表されています。聞いているとどっちの場合もあるので、「どういう違いがあるの」と聞いたところ「何にもない」との答え。
 地域的・階級的な小さな違いでもないのかと尋ねると「本当に何にもない。わたし個人はهのことが多いが、それはحは喉を使って疲れるからというだけだ」と、身も蓋もないお返事でした。

 授業中、昼夜の温度差が一瞬話題になったのですが、「カイロは温度差が激しい」と言うと、先生は「そんなことはないだろう。ルクソールやアスワンはすごい温度差だが、カイロは穏やかだ」と言います。確かにルクソールよりは穏やかな気候ですが・・。
 温度差が小さいせいで寝苦しい東京が、カイロより「良い」気候かどうかというのは、もちろん別問題。

 昨日書いた社会的セイフティネット等について話題にすると、「失業率も、実はそんなに高くないはずだ」と先生が言います。「公式には、エジプトの失業率は非常に高い。しかし、政府が掌握していない雇用が大量にあるし、誰もバカ正直に登録などしない。実際上の失業率は、意外と低いのではないか」とのことです。
 そうは言っても、賃金は非常に安いし、経済的には良い状態とは言えないと思いますが。

 授業後、M氏に誘われていたので、またウストゥルバラド(新市街中心部)に戻る。
 といっても、エジプト人・カナダ人・アメリカ人に混じってマクハーでダベっているだけでした。カイロでグダグダしている外人とまともに喋ったことがなかったので、ノリがつかめたのは収穫でした。
 ただ、正直欧米人のあのチャラチャラした雰囲気は、あまり好きになれません。お酒を飲んでいるだけで、個人的には嬉しくないです(もちろん何も言いませんが)。
 一方で、カテゴリー的・分析的な思考をすること、長年刷り込まれた世俗的な感覚をある程度共有していることには、安心感もあります。

 帰りのメトロの中で宿題の問題を解いていたら、横に立っていたおっちゃんが、頼んでもいないのに答えを教えてくれました。勉強なので教えてもらっちゃダメですが、なんかホノボノして楽しかったです。すべてに介入するエジプト人!

 それにしても、ラマダーン入り以来、連日夜が遅くて昼夜逆転ぎみですが、エジプト人は深夜まで活動して、なおかつ朝から仕事したりしています(寝てる人もいるけど)。
 何度も書いていますが、あの底知れない体力はどこから来ているのでしょう。お腹の脂肪でしょうか(笑)。

DSCN4783
コクテールを作るジュース屋のおっちゃん posted by (C)ほじょこ
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  1. テキトーなムスリム、エジプトは失業率が低い説|2009/09/15(火) 19:33:39|
  2. エジプト留学日記

エジプトの靴、勇猛なる慈しみ、愛とツッコミとイスラーム

 また遅い起床。
 近所の靴屋さんで靴を買う。
 手元の靴が、日本から持ってきたボロボロのスニーカーとエジプトでの歩行に極めて不適格なパンプス、そしてこちらのスーパーで買ったビーチサンダルだけで、先日さんざん値切ってゲットした丁度良い靴がサイズが合わずに足が痛くなり、靴不足に苦しんでいたのです。
 スニーカーは元からボロかった上、こちらに来てすぐガムを踏んでしまい靴底が一部脱落。カイロの砂埃で見るも無残な状態です(洗っても無駄なのでもう洗わない)。サイズの合わない靴は、先生の奥さんにあげることにしました。
 ちなみに、わたしは足のサイズが25センチで、24.5を越えると途端に品揃えがなくなる日本の靴市場に苦しめられてきたのですが、エジプトでは、とりあえずサイズという点では困りません。ただしこれは「大きいサイズでも豊富に品揃えがある」という意味ではなく、単に小さいサイズも大きいサイズも同じくらい気まぐれにしかない、というだけです(でもざっと見るかぎり38くらいが一番よくある。またお金さえ出せばあるところには何でもあると思います)。そう言えば、近所の店で気に入った靴があり、試着してみたら左右でサイズが違った、ということがありました。
 最初に小さいサイズを買ってしまったのは、こちらでのサイズ基準を知らず「こんなもんやろ」とテキトーに手にしてしまったため。25センチなら39くらいがジャストです。
 ハイヒールが歩きにくいのは当然で、エジプトのボコボコの道ではほぼ使い物になりませんが、一方でペタンコ靴とかペラペラのサンダルだと、今度は足が砂埃やそこら中に落ちているゴミで汚れる上、ガラスなどが刺さりそうで怖いです。ヒールがあるけれど全体が厚底になったサンダルみたいな感じが、一番使い勝手が良いように思います。

 心身ともに状態が悪く、授業前半はボロボロ。
 断食離脱しようか考えています。
 イフタール後に大分復活するものの、やはり調子は上がらず。

 授業後、ブログを見てメールを下さったカイロ在住の女性とお会いする。
 具体的なことを書くわけにはいきませんが、本当にお世話になりました。かっちょいい車をこの混沌の極みのような街で乗りこなし、わたしにはまぶしいばかりです。
 また、心の中で抱えながら、「さすがに言っちゃったらヤバいよなぁ」と抑えていたエジプトやアラブについてのいくつかの思いを、ズバズバ口にして頂いて、胸がすきました(笑)。いや、余計な刺激はしたくないので、ここにも相変わらず書きませんが。
 「学習というのは自分が満足するためのものなんだから、理由なんてなくていい」と言ってもらえたのも嬉しかったです。わたしもまったくその通りに考えているのですが、学習動機を聞かれる度にわかりやすい回答を返せず、いつも悶々としていました。
 幼稚園児のようなワタクシですが、今後とも宜しくお願いいたします。

 なんとなく今日ぼんやり考えていたことをメモ。

 貧富の差が激しい世界では、貧しい人が惨めで気の毒なのはもちろんですが、一方で豊かな人々も「可哀想」だということ。なぜなら、彼らには貧者や弱者を「可哀想」と思う余裕がないからです。
 逆に言えば、極貧に喘ぐ人々を見て「可哀想」などと言えるのは、大抵の場合、自分自身は安全圏にいて、テレビの画面ごしに「哀れみ深く優しい自分」に酔っているだけだ、ということです。そういう人に限って、具体的には指一本動かさない。もちろん、そうではない真の「勇猛なる慈しみ」を備えた人物もいますが、大多数は違うでしょう。
 極貧がすぐ隣に存在する世界とは、一歩間違えたら自分がそちらに落ちるかもしれない、という世界であって、そうそう「可哀想」などと言っていられる余裕のあるものではありません。しかも、教育のない極貧の人々やストリートチルドレンは、ブラウン管越しに見る「可哀想」なイメージと相違し、ものすごいワイルドで獣なみに厄介です。足蹴にするくらいの勢いがなければ、こっちの身が危ないかもしれません。ここで慈しみを発揮できれば、本当の勇者だと思いますが、ほとんどの人は心身ともにそこまで強靭ではないでしょう。
 では、貧者への哀れみを口にし、貧困なき世界を夢想するのは、まったくの子供じみた戯言かというと、そういうわけではありません。確かに、それは「子供」な発想です。そして生きるためには「大人」の発想を身につけなければなりませんし、心で泣きながらでも人を蹴落として生き残るのが「大人」としての責任です。ただ、誰も「子供」のままで生きられないように、完全に「大人」にもならないし、なるべきではありません。そして残った「子供」を証し立てるのが、正に「子供じみた夢想」であって、その夢想だけで生きることはできませんが、まったく捨ててしまってもやはりダメなのです。
 まぁ、わたし個人について言えば、ボンボンリベラルの思想的影響下で育ってしまったこともあって、もうちょっと「大人」にならないと話にならないとは思いますが・・。

 もう一つ、イスラームについて。
 前にも書きましたが、わたしはイスラームに非常に惹かれる一方、生理的・直観的水準では、むしろ違和感の方が先に立っています。そして違和感があるからこそ、これと向き合い、感じたいと思っているのですが、逆に違和感をまったく喪失してしまったムスリムは、本当にイスラーム的と言えるのか、という素朴な疑問があります。
 平たく言えば、イスラームにまったくツッコミを入れられないムスリムは、真の意味でイスラーム的なのか、ということです。
 もちろん、それが信仰である以上、容易にツッコミが入れられるわけはないし、入れられてはならないのですが、その心理的抵抗にも関わらず、やはりツッコミ欲が沸き起こってこなければ、本当に神様と向き合うことにはならない気がします。ツッコミを入れて、そのツッコミを否定し、またついうっかりツッコんでしまって、という、迷いや試行錯誤があるからこそ、本当の愛でしょう。完全に固定化したものは、狂信であって信仰ではありません。愛とは、それ自身以外に根拠を持たず、ただ愛であることによってのみ愛たるものであり、それが故に、外部に固定点を有さず、常に疑いと背中合わせでなければなりません。
 わたしがイスラーム、というか神様というものについて言いたいことは、単にわたしが神様を信じていて、愛している、ということです。それを胸を張って言えれば、他はすべて二次的なことだと思っています(二次的なことがどうでもいい、という意味ではない)。
 「そんなものはイスラームではない」というなら、そうかもしれないし、それなら別にイスラームでなくても結構。わたしにはわたしのイスラームがあるし、どの道本当のことは神様しか知らないのですから、死んだ後で答えがわかれば満足です。

DSCN4790
子供と水とおっちゃん posted by (C)ほじょこ
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  1. エジプトの靴、勇猛なる慈しみ、愛とツッコミとイスラーム|2009/08/29(土) 02:03:01|
  2. エジプト留学日記

モロヘイヤとスッカルの歌、へつらいとお世辞、秩序なき秩序

 授業前に近くのスークをうろつく。衝動的に服を買ってしまう。ムスリマが着ている黒い服が欲しくて、お金もないのに購入してしまいました。半額まで値切ったけれど、元の値段が明らかにふっかけていたので、それでも安くはありません。アホです。

 最近、ナイルテレビのファミリーチャンネルをよく見ているのですが、この子供向け宗教番組が面白いです。子供向けでもアーンミーヤの番組がほとんどで、宗教番組ですら先生が「上品なアーンミーヤ」くらいの言語で喋っています。子供向けだからこそ、ゴリゴリのフスハーでは勉強にならないのかもしれません(大人向け宗教番組やニュース、時代ものはフスハーが多い)。
 でも、主題がみんな暗記するクルアーンの最後の方のスーラだったりすると、わたしも馴染みが深いし、易しく丁寧な言葉で喋ってくれるので、「上品なアーンミーヤ」の勉強に丁度良いです。

 授業中、何かでわたしが「スッカルスッカル」(お砂糖)と歌のように節をつけて呟いたら、先生が面白いことを教えてくれました。
 エジプトの女性は、ムルヒイヤ(モロヘイヤ)を似る時、「スッカルスッカル」と言うそうです。別にお砂糖は入っていないのですが、「美味しくできますように」というお料理ソングというか、特に意味はないけれど何となく口ずさむ習慣的なもののようです。

 今日はالنفاق(ニファーク、媚びへつらい)についての文章を読んでいたのですが、授業後に店員のハーニーがやって来て、この文章を眺めて、「نفاقニファークとمجاملةムジャーマラは何が違うのか」と言い出しました。
 مجاملةというのは「お世辞」みたいな意味ですが、ニファークがネガティヴな意味なのに対し、ムジャーマラは肯定的な概念です。
 ハーニー先生曰く「ムジャーマラは褒め言葉だが、本当にそこにあるものを褒める。例えば、妻の瞳が美しかったら、その瞳を称えるのは良いことだ。誰にでも良いところと悪いところがあるのだから、良いところを褒めなければならない。一方、ニファークは利己的な嘘であって、悪い結果しか生まない」。
 なるほど、良いことを言います。
 ハーニーは風貌的にもキャラ的にも学者っぽいところがあって、仲間内でよく「ウスターズ(教授)」と呼ばれています。

 エジプト人というと、大声で喋ってやたら女の子をひっかけてばかりいるようですが、ハーニーも先生も全然ナンパじゃないです。基本的にみんな人懐こいし、こんなに積極的に人が声をかけてくることが日本では絶対あり得ないので、そういう人ばかりに目が行ってしまって、ついエジプト人がみんなナンパでやたら人好きなように思ってしまいますが、落ち着いて眺めてみれば、全員が全員そんなキャラなわけではありません。
 毎日顔をあわせていても挨拶以外言葉を交わしたこともない人もいますし、「儀礼的無関心」を心得ている人も沢山います。
 日本と違うのは、キャラの幅が異様に広いこと、そしてどんなキャラの人がいても、余程でない限り難癖をつけたりネガティヴに評価したりしない、ということでしょうか。「ものすごい色んな人がいる」「他人のことはどうにもならない」という、良く言えば寛容さ、悪く言えば諦めみたいなものが定着しているように見えます。

 大分慣れてきたつもりでも、やっぱりエジプトの「先の見えなさ」は疲れます。計画とか秩序というものに基づいて行動するのが本当に難しいし、昨日言ったことが今日は変わっていたり、あらゆるものの変化が速く、ふれ幅が広く、かつ法則がありません。
 その代わり、前にも書きましたが、予定通りに行かなかったことに対してみんな異様に寛容ですし、行き当たりばったりに行動しても、行く先々で赤の他人が助けてくれます。
 そうは言っても、極めて秩序立った日本で長年暮らしてきたので、ストレスが貯まるのは事実です。
 今日、先生と少しこの話になり「秩序がないように見えても、本当は何か秩序があるはずだ。ただ、それが日本と違うから、わたしにはなかなか理解できないのだと思う」と言ったら、先生が「いや、秩序は本当にないよ」と笑います。「あるのはنظام ليس منظم(ニザーム・ライサ・ムナッザム)だけだ」。つまり「秩序立てられていない秩序ならある」ということですが、洒落た言い回しで気に入ってしまいました。
 別にエジプト人が秩序の重要性を認識していないわけではないし、大抵の人は計画も秩序も大事だと思っているようなのですが、現実問題としてあまりにもキャラの多様性が激しくて、そんなものに期待していても回らない、ということのようです。

 寝る前に例によって少し近所を散歩したら、「いつもこの辺歩いてるね」と、これまた例によってナンパされる。機嫌が良かったので少しだけ一緒に歩いたのですが、思い切り生活圏内なので、ちょっと近所を一回りする間に彼は十人くらいの人と挨拶したりハグしたりしていて、更に三、四回は携帯で喋っていました。ものすごい人間関係の濃さですが、同時に、その濃い人間関係まっただ中の自宅前でナンパする神経が尋常ではないです。

 彼は自家用車を持っていて「ドライブしよう」とか誘ってきたのですが(もちろん絶対乗らない)、そんな人がいるすぐ横で、物乞いをする女性やバクシーシをせがむストリート・チルドレンが生活しています。ベンツを乗り回している人がいる一方、路上で生活する子供たちがいて、何かに蝿がやたらたかっているなーと思ったら寝ているおじいちゃんだったりします。世界長者番付では、確か日本人トップより上にエジプト人が一人いたと思います(未確認)。
 この貧富の差は非常に深刻な問題だし、このところ「格差社会」など言われる日本など、まるで可愛いものです。
 平等というのは、本当に本当に大事なものです。一億総中流、素晴らしいじゃないですか。
 何から何まで同じというのはおかしいし、努力が報われないのも問題ですが、大きすぎる貧富の差は、それだけで社会の不安定要因になりますし、例え国全体としての競争力が多少落ちたとしても、自由を抑制して平等の実現を優先すべきだと、わたしは思っています。
 わたしたちを苦しめる貧しさというのは、絶対的な貧しさではなく、相対的な貧しさです。例え貧しくても、周りがみんな似たような調子なら、それほど苦にはなりません。
 日本に出稼ぎに来たバングラデシュの人が、日本人の浮かれた生活ぶりを目にして、次第に憎悪を募らせるようになった、と聞いたことがありますが、彼の貧しさは来日前でも一緒なわけで、日本で仕事をしているだけむしろ豊かになったはずです。ただ、今まで見たこともなかった裕福な暮らしを目の前にすることで、憎悪のチャンネルが開かれてしまうのです。
 平均点が少し下がっても、標準偏差の小さい社会の方が良い社会だと信じていますし、イスラームの教えにも合致すると思います。

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  1. モロヘイヤとスッカルの歌、へつらいとお世辞、秩序なき秩序|2009/08/27(木) 17:57:02|
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