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エジプトにおける外国人との結婚 4

 最後の記事は、海外在住エジプト人の結婚について。二つ目の記事でアメリカ在住エジプト人の話題がありましたが、ここで取り上げられるのはタイのエジプト人。
 タイはビザの認証が緩いのか、海外に行くのが一般に難しいエジプト人が、比較的多く訪れている国です。直接の知り合いだけで、二人タイに長期滞在したエジプト人を知っています。

タイのエジプト人の物語 水曜日にナンパした女の子、彼女と結婚して二年になる

 異郷にあってはエジプト人を見つけるのは難しく、少しずつ人間性も変わっていき、ついには気持ちの受け入れられる外国人女性と付き合う、という考えになる。時に、始まりは「恋に一打ち」で、一時的な状況が二人を結びつけ、近づけ、時と共に結婚が成る。これが、限定的にではあるが、アイン・ミーム(訳注:イニシアル、以下本記事のエジプト人個人名はすべてイニシアル表記)(30歳)に起こったことだ。仕事と安定と独立を求め、八年前にタイに移住した。到着から間を置かず、ある女性と結婚し、その後、彼女に子供ができないことから別れた。この東洋のエジプト男は、彼の名を持つ子供を激しく欲していて、我慢できずに離婚してしまった。この決定はアインには難しいことではなかった。というのも、彼は最初の妻を愛しておらず、単に定住を求めたいただけだったからだ。
 愛は続いてやって来た。勤め先のレストランにいたある日、一人で道を歩いている女性を見かけた。朝の四時だったが、エジプト人の常で--アインの言によれば--この状況で彼女にちょっかいを出し始めた。驚いたのは、彼女が非常に丁寧に、敬意を持って返事をしてくれたことだ。彼は自分が恥ずかしくなった。これが、彼女がいかに優しく上品な人間か彼が知る、最初の火花だった。思いは激しさを増していった。
 アインは語る。「実際、彼女と出会い、関係を育み、これを二年続く愛の物語とし、結婚に合意した。家族はこれを歓迎してくれた。彼女の家族は優しい人たちで、彼らとの関係は良好だ。わたしのことを息子だと思ってくれている。実際に結婚して、息子マニー(4歳)を授かった。タイ人の彼の妻には、アインが生涯の伴侶に求める性質があった。彼女は「素晴らしく、親切で、哀れみ深く、とても愛情深い。そばに寄り添い、わたしを支えてくれ、困難な時もわたしと共に他の誰にも出来ないほど耐え忍んでくれた」。
 また、こう付け加えた。「結婚前、彼女は仏教徒だった。しかしわたしは、知性と論理で彼女を説得し、イスラームに改宗してもらった。実際、結婚の直前に、完全に納得して彼女はイスラームに帰依した。だから、わたしたちの間には宗教的な相違は一切ない。特に、彼女は何事にも責任の持てる人間で、わたしたちは極限まで理解し合っている。だからわたしたちの間には、環境や文化や習慣や伝統の相違による問題は起きていない。どんな結婚でもあり得る普通の行き違いだけだ」。
 子供の教育については、アインは何の心配も抱いていなかった。妻が最も良い形でその役割を果たしてくれ、子供を健全に育て、健やかな環境を充実させてくれると信じていたからだ。タイの子供たちが仲良くやっていて、エジプトよりも良い形で育っていると示唆し、その例を彼はこう語った。「ある日、わたしは娘を通りでぶってしまった。すると警官たちに呼び止められ、激しく非難された。これで、わたしの言葉が正しいことがわかるだろう」。さらにこう続けた。「母が病気になった時、妻と娘と共にエジプトに帰られなければならなかった。わたしはそのことを後悔した。というのも、家族と妻の間で対立が絶えなかったからだ。だから、タイに帰りたい。それがなかなかできないでいるのは、何より母親を安心させたいからだ」。
 一方、29歳の妻は、一つの偶然が彼女と夫を結びつけた、と語った。それ以前は、エジプト人男性との結婚などという考えは「思いつきもしなかった」。しかし彼女は、彼が「親切で優しく、本当の意味で男らしい」と気付いてから、彼に惹かれていった。彼女は彼に「安心」と安定を感じ、とりわけお互いに尊敬し合っており、彼女の家族も彼を歓迎している。
 最後に、夫の家族の反応は異なっている。彼女を疲れる人だと考えている。特に、夫の家族との関係で、彼らが彼女を悪し様に扱ったことで、彼女は悲しんでる。時と共に、彼女は生活に慣れ、仲良くなれるだろう。しかし彼女は、恋しい家族と祖国へ帰りたい、と泣いて訴えた。

 「夫の家族」とりわけ「姑」というのは、世の東西を問わず結婚の一大障壁だと思いますが、この夫婦も奥様の祖国で暮らした方が幸せそうですね。
 それにしても、移住のダシにされ、子供ができないという理由で捨てられてしまった最初の奥さんが気の毒すぎます。実際、そういう役回りを追うことになった「外国人女性」は非常に多いですから、ババを引かないように気をつけてください・・・。

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テーマ:エジプト - ジャンル:海外情報

  1. エジプトにおける外国人との結婚 4|2010/01/08(金) 20:13:01|
  2. エジプト留学日記

エジプトにおける外国人との結婚 3

 前二回は実際に外国人と結婚したエジプト人を追ったものでしたが、今回は社会学者の見解。

観光都市--ここでエジプト人は、外国人の妻を見つける
社会学教授「大抵は失敗する。双方の譲り合いが成功の鍵」

 エジプト人と外国人では、結婚の目的が異なる。それでも、特定の地域で、それは明らかに増加している。異なる文化がより多く触れ合う町では、外国人との結婚の可能性が増える。この件について、アイン・シャムス大学社会学教授ハサン・アフマド・スレイマーン博士は、エジプト人と外国人女性との結婚は非常に広まっており、とりわけ多いのは、ガルダカ、ルクソール、シャルム・ッシェーフといった観光都市でのエジプト人と外国人女性との結婚だ、と言う。これらの結婚は大抵、利害関係の上に成り立った結婚で、外国に行くことや、財産と手っ取り早い儲けを求めていたり、国籍を取得して移り住むためのものであり、ほとんどの場合、不平等な結婚だ。多くのケースで年齢の差があり、若者が年上の女性と結婚している。ここには相互の利得がある。女性は、彼女の国では好まれない年齢で、若者は彼女を物質的に利用するのだ。
 ハサン博士が付け加えるには、この状況において、若者は、困難な状況や貧困、失業、結婚資金の上昇によりエジプトの女性と結婚できない、といったことの犠牲者でもあり、誘惑を前にし、ここに物質的状況を改善するための救い道を求めている。また、同じく多く見られるのは、研究や仕事のためにエジプト国外にいるエジプト人と外国人女性の結婚で、これも広まっている結婚と言える。ハサン博士は、こうした結婚には賛成できない、と述べ、社会を害し危険に晒すものだと言う。こうした結婚は、言語、宗教、文化、習慣、伝統の違いにより、大抵の場合失敗に終わる。考え方を巡り衝突し、年中口論し喧嘩するようになり、多くの問題と対立を生んでしまう。またこうした結婚は、子供たちに離散と精神的混乱をもたらす。多くの場合、害を受けるのは子供たちだ。父と母の間が紛争の中にあっては、子供たちの心は二つの異なる文化の間で散り散りになる。一つの文化は自由で、今ひとつは宗教的だ。結果として子供たちは、アイデンティティを抱けず、どこにも所属できず、これはまったく不幸としか言いようがない。
 しかし、ハサン博士は、こうした結婚が成功する可能性を否定したわけではない。博士が語るには、生活を続けるために当事者双方が譲り合えば、この種の結婚が成功することはある。また、当事者全員が納得できるよう、中間的な解決を見出すには、何事につけ対話と話し合いがなければならない。また、子供たちの教育方法は重要なポイントで、前もって意見が一致していなければならない。何よりも、尊敬と相互理解がなければならず、お互いが相手の犠牲になり、直面しているすべての障害を乗り越え、安定した平穏な結婚生活にたどり着くために、譲り合わないといけない。
 一方、アズハル大学イスラーム・アラビア学部教授ムハンマド・ワフダーン博士は、このように話を始めた。「ムスリムには、非ムスリムと結婚する権利があり、イスラームはこれを許している。しかし、必要に迫られた時だけだ。例えば異郷に暮らしていて、ムスリムの適当な女性を見つけるのが困難な場合などだ。また、決められた条件に合致していないといけないし、このうち最重要なのは、精神性、理解、価値観、基本的な考え方において、平等がなければならない、ということだ。妻は倫理的で、子供たちが健全に、イスラームの基礎と教育の元に育つよう、家と子供たちを守らなければならない」。ワフマーン博士はまた、結婚の目的は安定した家族と子孫をもうけることになければならない、と強調した。彼の考えでは「エジプト人と外国人女性の結婚は共同体の益とならない。とりわけ、結婚に置いていかれてしまった娘たちがいることを考えると。アラブのムスリムとの結婚の方が望ましく、そちらが第一だ」。
 エジプト人と外国人女性の結婚手続きとその複雑さについて、弁護士で外国人・移民問題専門の法律事務所を営むアシュラフ・ムシュラフ氏は、こう語る。「エジプトの法律で、外国人との結婚を専門とする認証事務所が決められ、二つの専門事務所ができた。一つはカイロに、一つはアレキサンドリアにある。結婚認証手続きは一週間から二週間かかり、結婚契約認証のエジプトの法律により、外国人自身が提出することが条件付けられている。両者の年齢差は二十五歳を越えてはならない。最低年齢は、夫が十八歳、妻が十六歳で、必須ではないが、エジプト人二名の証人が望ましい。双方の権利保証のため、エジプトの法律は、当事者双方に対し、公共秩序に反しない限りで結婚証明書にいかなる条件をも追記する権利を与えている」。また、彼はこう付け加えた。「結婚を公式に行うために必要な書類整備ができないことから、ウルフィー婚(訳注:民法とイスラーム法の隙間を利用した民法上は無効な「結婚」)に逃げる者もいる。また、滞在と国籍取得については、夫婦の住む国の法律が決めることで、国によって異なる。一方、離婚については、双方の合意に基づく離婚はでき、公正省所属の外国人結婚認証事務所で扱われている。また、裁判による離婚もあり、申立人が告訴することで行われる」。

 記事にあるように、物質的動機で外国人女性と結婚したがるエジプト人は多いですが、念のためにお断りしておけば、別段エジプト人が皆んな貧しいわけではなく、エジプトのお金持ちは日本のお金持ちなどより余程リッチです。逆に言えば、彼らが富を独占しているから、大多数のエジプト人が貧困に窮するわけですが。
 物質的動機で結婚を求めること自体を責めても仕方ないし、双方が最終的に納得できるなら別に構わないと思いますが、実際のところは単にエジプト人の歯の浮くような口説き文句に踊らされて結婚してしまう人もいて、それでは結果が好ましくないのも当然です。
 ましてシャルムのようなデラックス観光都市で浮かれたバカンスを楽しんでいる時の「旅先の恋」では、エジプトでなくても良い結果を出すのは難しいでしょう(それでも結婚という形式を取る、というか取らざるを得ない点で、イスラーム圏は素晴らしいし、どこか国のリゾート等における退廃こそハラームであり、むしろこいつらを国家か何かの名誉の元に殺した方が良いと思いますが)。
 その辺は外国人も、前提知識を持った上で遊びに来るべきだと思いますけれどね・・。

 「ムスリムには、非ムスリムと結婚する権利がある」とありますが、ここでの「ムスリム」は「男性イスラーム教徒」のことで、ムスリマ(女性イスラーム教徒)はムスリムとしか結婚できません。そしてムスリムと非ムスリムの間に生まれた子供(父親がムスリムの子供)は、自動的にムスリムになります。

 ウルフィーというのは、エジプトで優勢なハナフィー学派(最もシャリーア解釈が緩いと言われる)の解釈に依拠するもので、証人を立て法の管理外で行われるものですが、普通は同居もせず家族にも知らせず、要するに「付き合っている」状態に近いです。

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  1. エジプトにおける外国人との結婚 3|2010/01/08(金) 20:11:43|
  2. 新聞・メディア

エジプトにおける外国人との結婚 2

 前回はネガティヴな結果に終わったケースが多かったですが、この記事では比較的良い結果となったケースが取り上げられています。

社会の枷からの脱出--より良い生活への希望

 エジプト人と外国人女性の結婚現象がはっきりとした形で広まり、外国人女性と結婚するエジプト人の数が増加している。時に、このような結婚は、多くの者にとっての夢か目的のようのものだ。また時に、社会の枷からの脱出が理由で、その枷とは習慣や、反動や時代遅れと見る者もいる伝統だ。時に、若者がその下で喘いでいる貧困、失業、結婚費用が高騰し賄えない、といった経済的抑圧からの脱出だ。これらの要因により、外国人との結婚を、問題から解き放つ解決方法と考える若者たちがいる。まるで閉ざされた扉を開く魔法のアラジンの魔法のランプのようだ。本紙は、若者のこうした結婚について、多くの聞き取りを行ってきた。結婚は成功や継続性を増加させているか? この結婚は、利害に基づくものなのか? 失敗した結婚は、環境や文化や習慣や伝統の違いによるのか? 安定した家庭と平穏な暮らしを実際に勝ち取ったケースがあるのはなぜか?

エジプト人男性、美貌と奔放さと誠実さに惹かれ、シャブカとマフルとエジプト女性の押し付けがましさから逃げる
(訳注:シャブカとは婚約時に花婿側から贈られる宝飾品で、マフルとは婚姻契約に際し花婿側が支払う婚資)

 29歳のエジプト人の若者アイン・ミーム(訳注:イニシアル、以下本記事のエジプト人個人名はすべてイニシアル表記)は、二年前にロシア人女性と結婚した。相違の大きさはよくよく理解していたが、時が解決することに賭け、妻をエジプトの生活と文化に適応させた。彼はシャルム・ッシェーフのあるホテルで働いており、彼の周りの人は誰でも、彼がこのロシア女性と結婚するだろうと思っていて、また文化の違いから来る問題も予期していた、と言う。彼は物語をこう語り始めた。「わたしは二年前にロシア人女性と結婚したエジプト人です。彼女と知り合い、愛の物語を育み、結婚に辿り着きました。彼女の中には好ましい性格があり、言葉通り素晴らしい人間で、美しく、オープンマインドで、飾り気がないからです。また彼女は、わたしの個性を尊重してくれ、干渉しようとしません」。「彼女には(結婚における)エジプト女の押し付けがましさや嫉妬がないんだよ(訳注:ここだけ意図的にアーンミーヤで表記されている)」。ものを求めたり物質的な考えがなく、彼女にとって一番大切なのは、愛と安定なのだ。
 こうした性格から、アインは、彼女の妻は、彼にも彼の生活の性質にも、また「エジプトの若者の大多数とは異なるかもしれない」彼の考え方にも相応しいと考えた。また彼らは、多少の対立はあったものの、すべてにおいて理解しあっている。彼はムスリムで彼女はキリスト教徒だが、彼らはお互いの宗教を尊重していて、イスラームへの改宗を強制しようとはまったくしなかった。イスラームへの入信は、納得と本当にしたいという気持ちの上になければならない、と信じているからだ。彼女は現在、この件について真剣に考えているが、まだ決心は付いていない。アインは、文化的相違を過少評価はしない。しかし彼は、理解し、彼女について何事も決め付けず、客観的に考え、彼女が納得するよう自分の考えを説明し、命令にならないよう話すよう、つとめている。最後に、彼は彼女に、「わたしの東洋のムスリム男性としての性質に適当で、受け入れられる限りの範囲で」選択の自由を与えている。アインは、時間の経過と共に、彼の妻がより良い形で共に行き適応していき、エジプト社会の生活の性質についても、より理解していくだろう、と感じている。
 二つの異なる文化の間で育っていくであろう息子たちについては、彼は、その点についてはまったく心配しておらず、逆にこの相違が息子たちの人格を豊かにする上で役立つかもしれない、と言う。彼らはこれら二つの文化のミックスとなり、父と母は、息子たちの中に、二つの文化両方の肯定的要素が高められているのを、分かち合うことができるかもしれない。彼らは、西洋文化から誠実さと自立と独立心を得、東洋イスラーム文化からイスラーム的な原則と宗教教育とエジプトの習慣と伝統を得る。この「ミックス」が成功するのに一番大切なことは、尊敬と愛と相互理解であり、これがあれば、いかなる障害にも立ち向かえる。
 オーストラリアのジーン(47歳)は、エジプト人と婚約するなどと想像もしていなかった。しかし、実際にそれは起こった。彼とは、シャルム・ッシェーフを訪れた時に、素敵な形でめぐり合った。彼女は言う。「少し体調が悪く、薬局に行ったところで、そこにいた彼と偶然に出会ったのです。少し一緒に喋ると、彼が電話番号を尋ねてきたので教えました。彼が良い人だと思ったから。実際、わたしたちは沢山話し、何度も会って、お互いに強く惹かれ合い、結婚に同意しました。今、結婚から一年目で、カイロに住んでいます」。
 地理的にも文化的にも祖国から遠く異なった町で暮らすことについて、ジーンは語る。「一人ぼっちだとは思わないし、ホームシックにもなりません。わたしは自分をエジプト人だと思っているし、エジプトが大好きで、ここの生活に大変適応しました。今、わたしは仕事を探していて、時間が経つに連れて物事はもっと良くなっていくと思っています。今、アラビア語を勉強していて、イスラームについて沢山読み、多分改宗するでしょう。でも、完全に納得して、わたし自身が望んでするのでなければなりません。ここでできた交友関係が、気持ちを助けてきてくれました。まるで生まれ故郷にいるようで、夫の家族や友人との関係も良好です。何でも一緒に話し合い、わたしたちも夫も満足できる中庸の解決を採ります。わたしは、わたしたちの結婚は成功していて、安定していると思っています。彼と私の間には、年齢、宗教、文化といった違いがありますが、彼こそ、人生でわたしを幸せにしてくれる人で、彼の子供を夢見るほどです」。
 エジプトの外で長く過ごせば、人はそこから出てきた社会より、新しい社会に近くなっていく。これがアリフ・ヌーン(29歳)に起きたことだ。彼はこう語った。「わたしはエジプト人で、およそ八年前からカリフォルニア州で暮らしています。わたしには、メキシコ人女性との結婚の経験があります。長い愛の物語の後、わたしたちの結婚は五年間続き、息子ポール(4歳)を授かりました。しかし、結婚生活が不可能になり、別れることになりました。友情関係は続いていて、息子とその教育方法については、怖れも心配もありません。わたしはアメリカに長いこと暮らしていて、ここの生活の性質と、それがどれだけエジプトの環境と違うかを理解していてるからです。妻にも息子にも何も命令しないし、何事でも選択の自由を与え、必要な時以外干渉しません。わたしの望む一番大切なことは、わたしが常に息子にとって良い手本であり続けることです。危険で反動的な考えのもとに育って欲しくありませんから、いかなることでも、彼に押し付けはしません。彼は、自由と独立の概念を理解する現代的な社会に生きているのです」。
 彼は話をこう続けた。「エジプトに戻りそこに住む、ということは考えません。家族と友人に会いに来ただけです(訳注:文脈から、このインタビューは一時帰国中にエジプト国内で行われている)。今では、エジプトの生活を合わせることができませんから。ここでは自分を見つけることができないし、西洋社会の方がわたしにもわたしの生活様式にも合っていると思います」。
 最初の結婚には失敗したが、エジプト女性との結婚については、エジプト女性との結婚は考えられず、西洋女性と付き合う方が良い、と言う。西洋女性の方が、真の結婚の意味をよく理解し、彼の必要とする愛と気遣いを与えてくれるからだ。アリフ・ヌーンはまた、意欲的で聡明で、自立的で誠実なところも、西洋女性を好んでいる。エジプト女性を拒むのは、彼女たちが「物質的なことやマフルやシャブカしか考えていない」からだ。彼は今、アメリカ人女性と付き合っており、「新しい生活と彼女との暮らしを始め」ようとしている。

 本文から話題がズレますが、これらの記事で取り上げられているのも、現実のエジプトで起こっているのも、エジプト男性と外国人女性との結婚であって、逆のパターンというのは極めて稀です(知人で一例だけ知っていますが、奥様がそもそも日本人とのハーフなので、単純な逆パターンとは言えない)。
 一つにはムスリマ(イスラーム教徒女性)はムスリムとしか結婚できないから、というのがありますが(男性は異教徒女性とも結婚できる)、それだけでは説明がつかないように思います。
 というのも、まず、ムスリムというのはエジプト人以外にも掃いて捨てるほどいるのであって、エジプト国内にも、他のアラブ諸国だけでなく、パキスタンやアフガニスタンから来ている人が沢山住んでいます。彼らとエジプト人女性との結婚については、イスラーム的には問題ないはずですが、少なくとも身近では聞いたことがありません。
 また、実際に結婚できるかどうかは別として、「外国人と結婚したい!」という女の子にも、ほとんど会ったことがありません。中流以上の家庭に育ち比較的高い教育を受けた女性と話しても、エジプト人以外眼中にない様子ですし、エジプト的には変わり者のF女史も「外国人にアラビア語を教える仕事をして、初めてそういう可能性もある、ということに気付いた」と言っていたくらいです。
 「経済的苦境からの脱出」ということなら、男女共に欲求はあるはずなのですが、異国から来た白馬の王子様を夢見る志向はあまりないようです。
 一つには、マフルなどの慣習上、断固エジプト人と結婚する方が経済的にプラス、というのがあるでしょう。また、男性と異なり、エジプトの女性は家族に取り込まれているレベルが非常に高く、一人暮らしも「あり得ない」ほどのため、エジプト的思考により埋没しやすく、そういう選択を思いつかないのかもしれません。現代の都会では状況が変わりつつあるものの、そもそも「結婚相手は親が決めるもの」という観念が強い、といのもあるでしょう。
 これらすべてを鑑みても、なお「外国人と結婚したい」欲求が弱すぎるように見えます。障害があるから諦めている、というのではなく、そもそもあまりしたいと思っていないようなのです。
 これはつまり、女性にとってはエジプトの制度やアラブおよびイスラームに由来する慣習が、結構「心地よい」ということなのではないでしょうか。
 どの辺がどういう風に「心地よい」とまでは言えませんが、本当に辛い状況なら、人間は何としても動こうとするものですし、少なくともそういう欲求を表現くらいはするはずです。それすらない、というのは、本当に不満が少ないのでは、と考えられます。
 アラブ社会、もしくはイスラーム社会は、女性に対し抑圧的、というイメージがあり、かつ実際にそのような面がないとは言えないのですが、総じて見ると、本当に「女性を保護」している面が強いのかもしれません。

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  1. エジプトにおける外国人との結婚 2|2010/01/08(金) 20:10:18|
  2. 新聞・メディア

エジプトにおける外国人との結婚 1

 日本人女性とエジプト人男性の結婚というのは、密かにかなりの数ののぼるのですが(そしてトラブルも非常に多い)、エジプトにおける外国人との結婚を扱った、非常に面白い記事がありました。

エジプトにおける外国人との結婚
エジプトにおける外国人との結婚 posted by (C)ほじょこ

 残念ながら日本人女性のケースは取り上げられていませんが、エジプト人にとっての「外国人との結婚」の意味と現実が、よくわかる内容になっています。
 大抵のことは読めばわかりますが、最低限の前提知識を三点だけ。

・エジプト人男性と外国人女性の結婚は多いが、逆は極めて稀(主に宗教上の理由)
・エジプトでは婚外交渉などあり得ず、かつ結婚の敷居が非常に高い(男性の結婚費用が莫大)
・よって、外国人女性は誰でもエジプトではモテる

 一面まるまるの特集ですが、興味深くとっつき易い内容なので、回を分けて全訳してみます。

外国人女性との結婚 愛と利点 時には不義も

 エジプト人と外国人女性の多くの結婚が破綻している。愛と安定から程遠い誤った基盤の上に成り立っているせいもあり、また、文化が非常に異なるのにお互いが譲り合って歩み寄らないせいもある。例として、ハー・ハー(訳注:イニシアル、以下本記事の個人名はすべてイニシアル表記)(28歳)を見てみると、個人的な経験を経た上で、外国人女性との結婚は「エジプト女性との結婚より良いところなんて何もない。エジプトの女性の方が我慢してくれる」と言う。
 彼はこう語る。「以前は、西洋女性の生き方、考え方に魅了され、外国人女性との婚約を夢見ていた。そして実際、エジプトに住み、あるホテルで働いていたルーマニアの女性と知り合った。彼女にとても惹かれ、わたしたちの間で愛の関係が育まれ、結婚した」。
 結婚の後、惚れ込んでいる時期は終わり、状況が変わった。ハーは言う。「わたしたちの間で行き違いが始まったのは、わたしたちの生活、習慣、伝統への彼女の適応力が欠けていたからだ。彼女には、わたしの妻として受け入れ難い言動があった。それを彼女は、『普通で自然の』態度だと言っていた。彼女は退屈を感じはじめ、我慢できないまでになった。双方が自分の立場に固執し、別れることになった」。そしてハーは悟った。「エジプト女性より良いところなんて何もない」。文化も気質も考え方も一つだからだ。
 一方、あるホテルの仕入れ責任者ファー・アイン(47歳)は、彼の経験についてこう語る。「およそ10年前、わたしはガルダカのホテルで働いていて、デンマーク人の美しい女性と知り合った。彼女の人柄に魅了され、すぐにわたしたちの間で関係を築き上げ、結婚に合意した。彼女の状況を片付けたり家族に報告するため、彼女の国を訪れ、エジプトに戻り結婚した。実際、わたしたちは結婚してガルダカで暮らし始め、わたしは彼女のためにホテルでの仕事を見つけ、一年の間は、文字通り幸せに生活していた。それから、問題が始まった」。
 彼は出来事をこう語った。「わたしは彼女に、不審な言動があるのに気付いた。疑いがわたしの心に入り込んできた。とりわけ、彼女がわたしとの生活について攻撃的になってから。彼女はわたしを反動的だと言い、わたしたちの習慣や伝統を、生活を楽しむことや慣れ親しんできた自由を禁じる枷だと考えた。遂に、彼女の不義が発覚する日がやって来た。彼女を観察し、ホテルをよく訪れる一人と関係があることを確信したのだ。わたしは激昂し、わたしの男性性と誇りのために、彼女に仕返ししようと決めた。狂気の一瞬にわたしは理性を失い、車で彼女をはね、殺すつもりはなかったが、残念ながら彼女の命は失われてしまった。わたしは五年間を獄中で過ごした。彼女との結婚は、許すことのできないわたしの人生の過ちだった」。
 時に、関係は利害関係だけで成り立っていることがある。観光関係で働くワーウ・カーフ(38歳)は、彼の物語を本紙にこう語った。「以前、わたしはエジプト人女性と結婚していて、息子たちがいた。普通の生活を送っていたが、ある観光都市で働いていたせいで、一人の美しくオープンマインドで裕福なイギリス人女性と知り合い、関係を築いた。わたしは彼女との結婚を考え、実際、結婚することになった」。
 結婚の前、エジプト人の妻と話し、説得した。最初は反対していたが、説得の末に彼女は折れた。彼女もまた「息子たちの幸せを考える母」だった。離婚が同意され、彼はイギリス人女性と結婚し、彼女と共におよそ五年前に渡英した。エジプトには休暇の際に息子に会いにやってくる。

 不義の疑いにより夫が妻を殺す、という、衝撃的な事例が含まれています。
 アラブには名誉殺人の伝統があり(イスラームに由来するものではない!)、こういうケースは、表面化しないだけでまだまだ残っているようです。個人的に、こうした厳格な性社会規範自体は今ではある程度理解でき、その世界に嫁いだ以上、疑惑が真実であるなら、殺したとしても全否定しようとは思いません(夫が妻を殺すケースしかないので、逆も殺されてしかるべきだと思いますが)。
 ただ、これは「疑惑が真実であるなら」という条件であって、真実であるかどうかは、かなり疑わしいものがあります。アラブの男性はとにかく嫉妬深いし、些細なことから疑心暗鬼になって、最終的な激昂を招いたのかもしれませんし、そもそも、彼女が不満を抱くようになった原因の一つは夫にもあったはずです。

 名誉殺人قضايا الشرفというと、ルクソールでエジプト人の夫に日本人女性が殺害されたケースを思い出します。
 この事件についても、夫の主張では「妻が浮気した」ことになっていますが、本当かどうかは怪しいものです。特にこの夫婦は、日本で暮らしていてバカンスでルクソールを訪れ、そこで事件になったのです。エジプトでなら、妻の不義が背景にあれば軽い罪で済むこと、エジプト人と外国人が本当に利害対立する場面になれば、エジプト人は必ずエジプト人の味方をすること、こうした事実を夫はわかっていたはずです。
 個人的に、エジプトの「不自由さ」は、日本における奔放さに比べて、悪いものだとはまったく考えていません。しかし同時に、窮地に追い込まれた彼らが平然に二枚舌・三枚舌を使う場面を数多く眺めていると、「夫の証言」「家族の証言」などというものは、まったく信用できません。そうした不確かな根拠の元に「厳格さ」が運営されても、それは宗教的潔癖でも伝統でもないでしょう。

 ルクソールで日本人妻を殺害した男性の刑は確か五六年で、記事の男性もわずか五年と、殺人としては非常識に刑期が短いのですが、これは不義の証人がいないからであって、証人が二人いた場合、なんと無罪になります。
 ちなみに、コプト教会では離婚が公式には認められませんが、唯一可能なのは夫が妻の不義の証人二人を集めた時で、この場合は離婚が成立します(殺してはいけません)。
 どちらの場合も、実際に証人二人を立てるというのはかなり難しいので、妻を殺して晴れて無罪、というケースは実際にはほとんどないらしいですが(名誉殺人自体、エジプトでは他のアラブ諸国より少ない)。

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  1. エジプトにおける外国人との結婚 1|2010/01/08(金) 20:08:41|
  2. 新聞・メディア

ニカーブ女性との結婚 誰も顔を見ていない人と人生を共にできますか?

 ニカーブに関して、非常に面白い記事がありました。ニカーブ女性との結婚について、色々な立場の男性の意見を取り上げたものです。主に未婚男性のものですが、実際に奥様がニカーブを着用されている方の意見も収められています。
 「ニカーブって何?」という方は、以下の関連記事などをご参照下さい。現在のエジプトにおけるニカーブの位置付けについても、簡単に触れてあります。

二カーブ禁止撤回、ニカーブ支持者の理屈
タンターウィ発言の問題は、ニカーブの是非でもイスラーム主義の是非でもない

二カーブ女性との結婚
二カーブ女性との結婚 posted by (C)ほじょこ

ニカーブ女性との結婚 誰も顔を見ていない人と人生を共にできますか?

 「彼女が外に出た時は、何も心配しない。二カーブ女性は、他のどんな女性より、家の中では見た目に気を使うんだ」。ムハンマド・マフフーズ(コンピュータ技師)は、このようにニカーブ女性との結婚への情熱を語る。ユスラー・イル=アミール(番組プロデューサ)はこの意見に同意するが、ニカーブ女性との結婚は人生の夢だ、と表現する。なぜなら、彼の考えでは、ニカーブは敬虔さと恥じらいの象徴であるからだ。彼は、この衣装を、その生活の中での誤りを隠すために着用する女性がいることを認めるが、それが一般的だ、ということは認めない。この言葉が当てはまるのは、10%にも満たないからだ。
 ハサン・イル=バーシャー(アフワーギー(訳注:マクハーの労働者))は、この考えに激しく反対する。「わたしはニカーブ女性は好きじゃない。というのも、わたしは大衆的な地区に住んでいるのだけれど、多くの二カーブ女性が、この衣装を、隠れて悪い噂になるようなことをするのに使っているのを見てきたからだ。キチンとしたニカーブ女性はいるが、敬虔な人とそうでない人を区別するのは、わたしには難しい。だから、彼女たちに対応するのも好きじゃない」。
 順番が回ってくると、バハーゥ・アワド(ジャーナリスト)は、ニカーブ女性との結婚を否定する。なぜなら、彼の意見では、ニカーブは宗教の行き過ぎだからだ。彼は言う。「わたしは、自分の子供を宗教過激派が育てるのは受け入れ難い。ほとんどのニカーブ女性の動機は、路上での嫌がらせを避けるためで、別に敬虔ではない。証拠に、彼女たちは婚約パーティーに出る時はニカーブを脱ぐ。しかし、わたしの好きな女性が、結婚後にニカーブを選ぶというなら、わたしは確実に同意する。なぜなら、これは彼女の自由な選択だからだ」。
 バハーゥが拒んだからといって、ニカーブ大賛成の人々の情熱を止めることはできないようだ。ムハンマド・サービル(技師)は、未来の花嫁の条件に、ニカーブの「義務」を果たしていることをあげる。「主の義務を受け入れない女性との結婚など想像もできない。また、わたしは、誰であれわたしの妻の顔を見られるのは好きじゃない。わたしは嫉妬深い男だからだ。今の女性にニカーブを流行として着用している人がいるのは、悲しい」。
 イッザトゥ・マフムード(教師)は、我々の東洋社会には、妻が守らなければならない厳格な習慣と伝統があり、その中には夫を尊敬しその嫉妬を認める、というものがある、という。他の男に見られたがってはならないのだ。それゆえ、妻がニカーブを着用することは、自分自身と夫を尊重することなのだ、という。
 教育委員会数学部のヤーシル・クトゥブ博士は、ニカーブ女性との結婚に反対する。結婚する者は相手の性質を知らなければならないし、ニカーブではそれができないからだ。結婚前に顔を見ることができたとしても、他の人にどう接しているのか、判断することはできない。
 労働者の「ムハンマド」は、彼の妻のニカーブにより受けている辛さを、こう言って表す。「わたしの妻は、以前はヒジャーブをした慎み深い女性だった。ところが、突然、姉妹たちの慣習を真似てニカーブを着用し始めた。これにはとても窮屈な思いをしている。というのも、今では招待されたパーティーやクラブに一緒に行くことができないからだ。もし彼女が結婚前からニカーブをしていたなら、婚約を拒んでいただろう。今では彼女にニカーブを脱げとは言えない。言ったら大変な重荷を背負うことになるのでは、と恐ろしいのだ」。

 ご覧の通り、ニカーブに関しては実に意見が分かれています。イスラームに由来するものなのかどうか、イスラーム的だとしても義務なのかどうか、様々なレベルで多様な意見があり、「イスラーム復興」と一括りにはできないのが現状ですし、まして「イスラーム原理主義の伸張」などと解釈するのは妄言に近いです。

 少し本題から外れますが、記事中で自ら「嫉妬深い」と言う男性がいたり、「夫の嫉妬を認めるべき」という意見があるのは面白いです。
 イスラームというよりアラブの文化において、嫉妬とか羨望というのは非常に重要な位置を持っていて、羨望や邪視を巡る民間信仰が残っていたり、クルアーンにも羨望の恐ろしさについて触れる箇所があったりする一方、嫉妬を抱くこと自体は「悪」ではなく、むしろ他の男と話していても嫉妬もしないような男は評価されません。
 こうした傾向自体は、別段アラブに限ったことではなく、世の女性は世界中どこでもヤキモチ妬いてもらうのに小細工を弄するものかと思いますが(笑)、少なくともわたしたちに身近な文脈では、嫉妬自体は建前上はポジティヴに評価されず、かつ主題として前景化することも多くありません。
 イスラームの面白いところは、「嫉妬」といった素材を正面から扱い、「嫉妬するのは仕方ない、度が過ぎないように制御しよう」というところを、具体的な社会制度にまで突っ込んで扱っているところです。下世話というか、実も蓋もないというか、西洋のキリスト教なら「信仰の領野にふさわしくない」となかったことにされてしまいそうな素材が(聖俗分離的)、堂々と正面から取り上げられるわけです。
 イスラームとアラブを一緒にしてはいけませんが、イスラームのこうした要素は、多分に発祥時のアラブ文化の影響下に育ったのでしょうし、完全に切り離すこともできません。
 こうした性質と接していると、開けっ広げすぎて引いてしまう面もある一方、堅実極まりなく狂気や暴走の余地の少ない世界だ、と感じることが多いです。正確に言えば、汚いものでも外に放り出さずに中に取り込んでしまうので、最悪でも信仰の枠組みの下に「汚さ」を抑え込んでいる(逆に言えば信仰の場にも「汚さ」がある)、ということです。
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  1. ニカーブ女性との結婚 誰も顔を見ていない人と人生を共にできますか?|2010/01/07(木) 02:57:17|
  2. 新聞・メディア

エジプトにおける人口調整とイスラーム

 M女史との授業で、人口爆発のことが話題になりました。
 日本では少子化が問題になっていますが(わたしは個人は問題だと思わないのですが)、エジプトはまだまだ子沢山で、人口調整が大きなテーマになっています。
 一昔前に比べれば、一家族あたりの子供の数は減っているのですが、それでも四人くらい子供のいる家庭はまったく珍しくありません。M女史の母の叔父は、二十人子供がいたそうです。
 一般に、女性の教育と社会進出が進むにつれ、子供の数は抑制されていくものですが、それなりに女性の教育が普及しているエジプトの都市部でも、いわゆる先進国に比べてまだ子供が多いです。
 一つには、育児補助が充実していることがあり、働いている女性が子供を産んだ場合、一年余りの期間、給与が支給されるそうです(未確認)。
 「それは素晴らしい」というのは早計で、まず、もし国庫負担が100%ではないのだとしたら、そもそも結婚している女性の就業が不利になります。実際、いつ子供を産むかわからない既婚女性の採用は敬遠されています。
 そして、人口調整が必要なのだとしたら、これほど手厚い保護はむしろ国家の将来にとってマイナスだろう、ということが、誰にでも思いつきます。仮に補助を出すにしても、一人目の子供だけで、二人目、三人目については減額・カットするような仕組みにすれば、適度な福祉を充実させることができます。
 ところが、エジプトではそれができないのです。
 これは一重にイスラームの影響で、とにかく子供を産むことは絶対的な善であって、これに対してマイナスな政策は、たとえ誰もがそれが必要だとわかっていても、正面切って口にすることができないのです。
 実際のところ、今の都会の若い夫婦は、経済的負担を敬遠し、何年も子供を作らなかったり、子供の数を制限しているのが普通です。政府もしきりに人口調整の重要さを訴える広報などを流しています。
 それでも、法制度的なところには、なかなかメスを入れられない。建前を尊重しながら「ひっそりと」出産を控える分には大分状況が改善しているわけですが、建前そのものを変えようとすると、建前に疑問を抱いている人すら反対せざるを得ない(こういうことは日本でもあるし、どこでもあると思いますが)。わたし個人としては、出産を控えること自体がハラームだとは思えないのですが、そう一筋縄にはいかないようです。

 さらに、イスラームではなくアラブの(悪しき)伝統として、ひたすら男の子が歓迎される、というものあります。
 父親、というより一族が男の子を待望するあまり、女の子が産まれると「次こそ」と何人も子供をもうけ、結果として子沢山になってしまう、ということがあるようです。
 さらに、やっと男の子が産まれたと思ったら、「もう一人男の子を」などと欲深いことを言い出す父親も珍しくないと聞きます。
 こと人口調整については、「家父長制」が絵に描いて額に入れたような弊害を発しています。

 M女史曰く「信仰そのものは素晴らしい、イスラームだけでなく、どんな信仰も美しい。問題は人間だ。宗教の都合の良いところだけつまみ食いして、都合の良いように使っているから、こういうことになる」。

 話が逸れますが、最後のM女史の「当たり障りなく妥当な意見」を聞いていて思うことは、「無神論者」および「特定の宗教を持たない人」に対してどう接するのか、ということです(両者は異なり、日本人の多くは後者であって、かつてのゴリゴリの共産主義者のような「無神論者」ではない)。人口調整などの問題を巡って「宗教そのものが害毒」という言説が、容易に想像できるからです。
 一応イクスキューズすれば、これが「容易に想像できる」のは、わたしが日本人だからであって、ほとんどのエジプト人には、そう簡単に選択肢に浮上してくる発想ではありません。エジプトだけでなく、世界の多くの国々ではそれが普通でしょう。
 「信仰を持たなくても、それはそれで結構」と言えれば素晴らしい、寛大だ、というのが、大方の日本人、というか世俗化した「先進国」の人々の意見でしょうし、教育ある都会のエジプト人なら対外的にそういう建前を述べることは難しくありません。ですが、これは単に世俗的人間にとって都合の良い意見というだけで、別段公平でも何でもありません。
 「信仰の欠片もなくてもなお許可される」などというのは、世俗社会の「信仰」であって、世俗社会のフレームを元に、「信仰」という「一文化」を世の中に配置する発想にすぎません。このパラダイムに乗って、信仰が選択可能なオプションの一つのように語るのは、既に自分の育った社会の激しいバイアスに飲み込まれていると知るべきです。
 「信仰の欠片もなくてもなお許可される」と建前を述べれば、イスラーム世界が世俗社会とほどよい関係を保つ上では当たり障りがないのですが、はっきり言ってそんなものはペラペラの建前にすぎないし、イスラームとしてそんなものを認めるべきでもないし、わたし個人としても認め難いです。
 そういうある種の「頑迷さ」と静かな狂気(制度化され恒常状態を得たホメオスタシスとしての「狂気」)があるからこそ信仰なのであり、そして、この種の「安定した狂気」があるからこそ、今日も昨日と大して変わらない一日が過ぎ、かつそれに大きな苦しみを覚えずに生を果たすことができるのです。
 人口調整のような問題で、一見信仰がネックになっているように見えたとしても、それを外側から見て軽々しく「信仰の弊害」などと言うことはできないし、もとより「選択可能」なオプションとして信仰がある、というフレームが、既に汚染されているのです。

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  1. エジプトにおける人口調整とイスラーム|2010/01/07(木) 02:54:03|
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減るもんじゃなし、は必ず減る

 ヒジャーブその他の「武装」を解除した美人さんのことを書いたら、「超絶美女期」を隠してしまうのがもったいない、というご意見を頂戴しました(念のためですが、そんな美女はエジプトでも日本でもフランスでも一握りですよw)。
 思うところが色々あります。

 個人的にはですね、やっぱり隠すべきだと思っています。具体的にどこまで隠すねん、というのはさておいて、大雑把に「慎ましさ」といのは、非常に重要ですよ。
 少なくともアラブ世界では、女性の就労は男性に比べて遥かに不利ですし、国によってはほぼ不可能です。となれば、彼女たちは、人類学的な意味で「交換される」しかない、つまり自らの価値を最大限に発揮して「永久就職」するしかないわけです(離婚も非常に多いですが、慰謝料が莫大なので女性はあまり損しない)。
 その時、美醜によって極端な格差ができては、社会的な不平等感が過大になります。どうせ結婚するなら、男性は美人と結婚したいでしょうが、「結婚できない=生活できない」のだとしたら「ブサイク=死」です。それではいくら何でも過酷すぎます。
 まぁ「美人も三日で飽きる」と言いますし、そんなしょうもないことで振り回されては、男性も女性も不幸でしょう。アラブには「醜さは女の番人」という諺があります(ブサイクの方がむしろ穏やかに暮らせるよ、という教え)。
 心配しないでも、超絶美人でも十年後には象さんですから、むしろ良い象か悪い象かで選んだ方が男性も身のためです(笑)。

 こういうことを書くと「ええやん、減るもんじゃなし」と言う男性がいますが、大間違いです。
 減るんですよ! これは本当に、減るんです!
 「減るもんじゃなし」と言われているものが実は減る、ということを認識しなければ、大人の女になれません。それを忘れてしまったことが、日本の女性の大失敗でした。
 いや、別に減ったら減ったで、別の生き方を模索すれば良いので、それも一つの選択なのですよ。問題は、「永久就職」的ロマンスを捨てきれないくせに、そこでものを言う価値を安易に安売りしている、ということです。
 「交換される対象」としての価値で生き抜きたいなら、その価値を最大限に生かすよう「隠す」必要があります。
 その価値を捨てる、あるいは依存しないなら、別に隠す必要もないし、「減って」も気にしないで大丈夫です。

 ここにはもちろん、対男性だけでなく、対女性という要素もあります。ぶっちゃけ、嫉妬を買うからです。これは洋の東西を問わず非常に恐ろしいものなので、みんなおしなべて隠しておくのが、一番平和です。本当にこれは、素晴らしい仕掛けなんですよ。

 また、「ロマンス」ということでは、女性だけでなく男性も、日本ではロマンスが過大です。いわゆる先進諸国の中では、日本と韓国がずば抜けて結婚・恋愛についての「ロマンス志向」が強いそうですが、もし「米国並み」を目指したいなら、男性も変な夢は捨てることです(「目指すべき」だとは全く思いませんが)。
 もちろん、エジプト男性は、日本男性の比ではなく超ロマンス志向です(笑)。彼らが女性や恋愛に抱いているファンタジーの強度は、日本男性の比ではありません。空でも飛べる気でいます。

 「交換価値」か「その他の価値」、この二つの志向性は、厳密に「二者択一」というわけでもなく、無数の中間レベルが想定可能なものですが、個人レベルでも社会レベルでも当てはまるはずです。
 一つの問題は、個人レベルで「わたしは交換価値は捨てた、力で生き抜く!」と思っても、当該社会がそれを許さない場合がある、ということです。
 各個人と各社会には、それぞれ「女性の交換対象度および女性の社会的自由度」というのがあって、個人と社会で一致していれば割と楽チンですが、ズレていると結構大変です。

 まったくの個人レベルでぶっ飛んだキャラだったせいで苦労する、というのは、根性さえあれば乗り切れるのでまだ良いのですが(わたし個人はココw)、この歪みが社会そのものに内属していると厄介です。
 どういうことかというと、「減るもんじゃなし」な風潮に乗せられてさんざん安売りした挙句、最後には専業主婦か何かに落ち着く、という一連のコースがモデル化していると、そのモデルには内的な矛盾があるので、世の中全体で歪みが拡大していく、ということです。今の日本がそうでしょう。
 さんざん安売りして肌も髪も露出し、挙句に性交渉さえ奔放に行われていて、最後の一発で「身売り」しようとしたって、値踏みされるのは当然です。
 そして、こうして「安く」なった「嫁」しか期待できないとなれば、男性たちが結婚に消極的になるのも当たり前でしょう。

 「減るもんじゃなし」を容認するモデルで突き進むなら、社会全体で女性の生涯就労および「パートナー」的婚姻関係を受け入れるしかないし、日本は将来的にそうなっていくのかもしれませんが、今のところ旧来のモデルと混交としているところがあり、結果的に「普通にやってきたのに結婚できない」というアホな勘違いと不幸の原因を作ってしまっています。
 もちろん、就労という面については、個人の努力だけでは限界があるので、そちらに進むなら社会全体として覚悟をもって作り変えていく必要があります。

 もちろん、「女性の社会参加」が進めば「交換価値」など捨ててしまって良いかというと、そんなに話は簡単ではありません。
 女性が男性同様に就労すれば、当然男性の職を奪う結果にもなります。
 第二次大戦終戦直後に、米国で「女性は家庭に」のモデルがもてはやされたことを想起すべきです。戦線から帰った男たちに職を確保するには、女性を家庭に押し込める必要があったのです。
 女性と男性がまったく同等に職を奪い合うなら、今度は職にあぶれた男性に対する社会的セイフティネットが必要になります。
 女性の場合、まだ伝統的なネットが機能しますが、特に日本は職のない男性に冷たすぎます。職がないだけで気の毒なのに、男性が平日昼間にブラブラしているだけで、犯罪者か何かのような目で見る人がいます。
 そうした「後衛」の備えが全然ないにも関わらず、「女性もどんどん働いて、性も奔放に」というのでは、うまく行かないに決まっています。

 米国と日本のホームレスを比べると、米国では男性・女性共にホームレスがいるのに、日本では女性のホームレスは非常に少ない、という記述を読んだことがあります。
 良くも悪くも、日本の女性は上に行きにくい分、下にも落ちにくいのでしょう。
 これが男女平等になることが一概に良いとは思いませんが、結婚の価値を貶め、女性の就労を推進し、男性をどんどん職から弾き出す、というなら、この種の「平等」も覚悟すべきです。

 エジプトの男性が結婚するのは、日本の男性より遥かに大変です。
 まず家を用意しなければならないし、昨今の家賃高騰の影響で、賃貸ではなく持ち家を要求されることも多いです。その持ち家を買うなんてのは、一般エジプト人にとっては果てしない難関で、そのせいでどんどん晩婚化が進んでいます。本人ではなく親が三十年ローンで買ってあげる、ということもあるそうです。
 以前知り合ったエジプト人男性には婚約者がいましたが、結婚資金が足りずに正式に結婚できず、夜も昼もトリプルワークくらいで寝ないで働いていました。しかも、しんどそうな顔は少しも見せず、むしろ誇りにしているようでした(その分仕事はトロいのですがw)。
 そんなものすごい苦労があるにも関わらず、ほとんど毎日、結婚式の大騒ぎを目にします。
 多大な困難にも関わらず、エジプト人は結婚します。
 それは一重に、女性の「交換価値」が高いからでしょう。「減るもんじゃなし」が減るとわかっているので、減らないように大事にして、結婚に賭けているのです。社会全体で、結婚と女性の価値を下支えしているし、その規範に従った男性にも敬意を払うのです。
 この状況が全面的に良いとは言いません。個人的には、むしろウザい部分も多いですし、エジプト男性の「保護し支配する」性質には心底うんざりしています(笑)。エジプト人自身も、多額の結婚資金などはおかしい、と思っている人が少なくないでしょう。また、女性についても、裏を返せば「交換価値」以外の価値が貶められている、と言えます。
 でも、結婚に期待し、結婚の社会的位置付けを保とうとするなら、これくらいやって丁度だ、ということです。美味しいところだけつまみ食いしようとしたって、うまく行かないに決まっています。

 少子化が問題視されていますが、ただの「お付き合い」ならともかく、子供を作って育てるとなれば、結婚、もしくは類似の社会的システムは必須でしょう。新しい子育てシステムを作るにしても、「結婚と家庭」に匹敵するようなシステムを定着させるには、百年二百年はかかるはずです。
 そこでとりあえず、結婚と子作りをセットにしてみるなら、結婚への志向性を高めなければ、子作りへの志向性も高まりようがない。
 そして結婚を志向するには、女性の「交換価値」が一定以上でなければならない。別にアラブ世界ほど「隠しまくる」必要はないかもしれませんが、一定以上はないと困ります。
 多分、今の日本はその価値が敷値を割ってしまって、なおかつ「新型結婚」のモデルが模糊としてつかめないでいるのでしょう。

 話が膨らみすぎましたが、「見せないのがもったいない」とか「減るもんじゃなし」というのは、軽々に言って良いことではありません。
 まぁ、世の男性は何千年もそう訴えてきたのかもしれませんが、女性は乗ってはいけないし、昔は家庭や社会の目が厳しくて、乗りたい女性も乗れなかったのでしょう。アラブ世界では、もし姉や妹など家族の一員に対しそんな口を聞く男性がいれば、兄弟が確実にブン殴りに行きます。もし「乗った」ら、女性も殴られるでしょう。
 その世界にはその世界の問題が色々あったでしょうし、エジプトには今でもありますが、そこには一定の理があるし、このホメオスタシスを壊すというなら、少なくとも次の定常状態を見つけるまで、相当のカオスと不幸を覚悟すべきです。
 ご先祖様が何千年も繰り返してきた仕掛けというのを、軽く見てはいけません。「今の仕掛け」を冷静に眺めて、あと千年繰り返せると自信を持って言えないのなら、頭を垂れ死者たちに教えを請うべきです。
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  1. 減るもんじゃなし、は必ず減る|2009/11/13(金) 02:23:56|
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