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辛さは顔に出せ

 金曜日。
 ブログのタイトルを変える。
 もうすぐ帰国しますが、翻訳を中心に細々ブログは続けます。うまくすれば戻ってくることができるでしょう、インシャアッラー。

 勉強したり部屋を片付けたりしていたら、Nちゃんから電話がかかってきて、また遊びに行くことになる。
 彼女の家への道もいい加減慣れて、かつ金曜日のお陰で割と往来も少なかったので、気楽に歩いていきました。
 例のクルアーン・エレベータ。



 今までは遊びに行っても割とちゃんとした格好で待ち構えていた彼女ですが、今日は部屋まで一人で行ったせいか、お部屋モードでリラックスしていました。この方がこっちも落ち着きます。

 大学のテスト勉強で、アラビア語の新聞を日本語に訳さなければならないのに、それがとても難しい、と言われ、手伝うことになりました。
 確かに難しい・・。
 彼女がアラビア語から日本語へ訳すのに困難を感じるのは当然ですが、日本人のわたしが、日本語への翻訳を試みても、なお厄介です。普通の新聞記事なのですが、医療関係のニュースなので、専門的な単語が登場します。日本人がざっと日本語訳するだけなら難しくないですが、彼女の勉強のためなのであんまり意訳するわけにもいかず、苦労しました。「内視鏡手術」とか「血栓溶解剤」とか、日本語学習者に思いつける単語じゃないでしょう。日本人だって知らない人がいますよ。

 イロコイっぽい話になり、「エジプト人と結婚できるか」と定番の質問をされたので、逆に「日本人と結婚できる?」と、気になるところを尋ねます。
 日本人以前に「外国人」一般ということでは、まず、ムスリムであることが最初の条件になります。でも、ムスリムの外国人というのは、他のアラブ諸国の人々だけでなく、インドネシア人やマレーシア人がカイロには沢山いますし、実際結婚の例もあるそうです。
 逆に欧米や東アジアとなると、定住者の数が限られる上、ムスリムの数が少ないので、そもそもチャンスがあまりないようです。男性なら、ただの観光客の女性をひっかけることもできますが、逆はかなり難しいですし、定住者だけが相手となると、確かに数の時点で困難になるのかもしれません。
 で、日本人ですが、彼女はもちろん日本人は歓迎。ただしムスリムでないといけません。
 もちろん、日本人なら誰でも良いわけではなく、以前知り合った日本人男性が「綺麗な人が好きで、ヒジャーブを被ったエジプト人は美しくないからイヤだ」と発言したと聞いて、眩暈がするほど怒りを覚えました。
 「それは観光客で、イスラームやアラブを知らないからでしょう?」「いや、アラビア語を学びに留学している人だったよ」。
 言葉の壁のせいで誤解が生じたと信じたいですが、仮にもアラビア語を学びエジプトで暮らしている日本人が、そんな失礼な口をきいたとは考えたくないです。綺麗な人が好きなのは、男性ならみんなそうでしょうが、女性に対しそれを敢えて口にするのは無礼ですし、ヒジャーブに結びつけるのもどうかしています。爆弾テロにでも巻き込まれて死んで頂きたい。
 「もし日本人と結婚する、と言ったら、家族はどう言うと思う?」と尋ねたら、「別に問題ない(もちろんムスリムである、という前提)。でも、日本に暮らすのは寂しがって反対されると思う」。
 彼女は中流以上の家庭の子ですし、雰囲気的にもリベラルな家なので、外国人との結婚そのものには反対されないようです。また、彼女の日本好きは家族もよく理解していて、お母さんからも「コンニチハ」とか日本語で挨拶されました(その後はエジプト式に例のチュッチュになるので、ちょっと面白い)。

 例によって少しイスラームの話題になり、またサウジの悪口を言い合う(笑)。「彼らにとって、イスラームの総本山であるのは商売だから、丁度会社員が着たくもない制服を着るみたいに、ニカーブをしたりしているんだ。あいつらは形だけだ」「エジプト人の方が余程ムタダイイニーン(敬虔)だよ」。
 「欧米や日本のムスリムは、困難な状況で敢えてイスラームを信じているのだから、特別敬虔だ。仮に義務をなかなか果たせていなかったとしても、彼らの方が偉い」という話で、彼女が「テストの点数が同じでも、難しいテストを受けた人と簡単なテストを受けた人では、点数の意味が違う。難しいテストで点数が低い人の方が、易しいテストで点の高い人より偉い」と上手いたとえを言います。
 このすぐ後で、彼女がスリムだ、という話になったのですが、わたしがもじって「エジプトで痩せている人は、日本で痩せている人より偉いね。難しいテストに受かったわけだから」と言って、大笑いしました。
 彼女曰く「エジプト人は、一度にまとめて食べて、後は一日食べないで活動している。わたしは何度も食べるけれど、ちょっとずつしか食べない。だから太らないんじゃないか」。実際、彼女とは何度も食事していますが、本当に小食です。というか、一緒に食べていると、喋る方に気が回って食べてる暇がないようですが・・・。

 「日本に関するものは何でも好き」という彼女ですが、一つだけ気に入らないのは「自分を表現しない、他人を助けない」ことだと言います。
 「表現しない」というのは、話下手というだけでなく、話す調子も単調で、表情も動きも少ない、ということです。日本人が概ねそういうタイプだということは彼女もわかっているのですが、エジプト的には、黙ってむっつりしているのは「怒っている」「悲しい」と取られて仕方ないのです。
 わたし個人は、異様に感情表現が派手で何でも顔に出るので、エジプト的には「大変分かりやすくて結構」らしく、日本完全不適応だったこの性質が、人生で初めて肯定評価されています。あのド派手で分かりやすいエジプト人に「あなたは何でも分かりやすいね!」と何度も言われているので、相当漏れまくっているのでしょう。
 自分がこんな性格なので言うわけではありませんが、確かにもうちょっと日本人は何か言った方がいいですよ。言葉の問題ではありません。いっそ日本語でもいいし、言語以前にぎゃーとかわーとか言うだけでも、顔と動きと声を発さないと、ションボリしているとか怒っていると思われるのは当然です。わたしだって一緒にいたらションボリします。
 これは「無理に笑え」と言っているのではありません。それでは日本の会社です。逆に、しんどい時はしんどそうな顔をしても大丈夫なのですよ。エジプト人も、露骨にしんどそうにしています。しんどくても明るく頑張っている他人は評価されますが、そのまんましんどそうにしても、日本ほどマイナス評価されることはありません。

 先日K氏を紹介した時の話になったのですが、彼女がしきりに「彼は何か気に食わなかった? 怒っていた?」と心配していました。少なくともわたしから見たら、彼は怒っても不機嫌でもなかったのですが(まぁ本当のところは本人に尋ねないとわかりませんが)、彼は日本人らしくそんなに顔に感情を出さず、淡々と喋る人なので、かなり日本人慣れしている彼女でも、不安になってしまうようです。
 「彼は礼儀正しい人物だから、エジプトの女性に慣れ慣れしくして、失礼をはたらいてしまわないよう気をつけていたんだよ。わたしは最初、彼にあなたの隣に座らせようとしたんだけど、『それはいけない』と断っていたよ。貴方を尊重したいから、慎重な振る舞いをしていたんじゃないかな」と言っておきました。これは事実だと思います。

 「他人を助けない」というのは、難しい問題です。
 少なくともエジプト基準で言ったら、日本人は概ね「非常に冷たい」です。エジプトだけでなく、かなり多くの国に比べて、日本人は他人を助けません。日本語学習者の雑誌で「日本に来て何に驚いた?」という質問があったのですが、「電車で老人に席を譲らない」という回答があり、本当に悲しくなりました。エジプトでは、小さな子供まで我先にお年寄りを助けます。
 ただ、日本人がひたすら冷血漢なのかというと、そういうわけではなく、「そっとしておいてあげる」「敢えて放っておく」という優しさもあるかと思います。老人に席を譲らないのは論外ですが、エジプト式に「我こそは」と呼んでもいないお手伝いが殺到するのは、日本人なら親切の押し売りと受け止めることもあるでしょう。その辺は少しだけ割り引いて見て頂けると、多少は名誉が保たれるかと思うのですが・・・。
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  1. 辛さは顔に出せ|2010/01/10(日) 07:45:08|
  2. エジプト留学日記

日本に来て欲しい人

 土曜日。
 F女史が砂漠へ旅立ってしまったので、今日からM女史とN女史に担当が変更。
 N女史は大人しくて可愛らしい、とてもゆっくり丁寧な言葉で喋る人。彼女とはとりあえず、F女史と読んでいたフスハーのテクストの続きを読む。喋り方もちょっと舌足らずで可愛らしく、こっちも口が猫の口のようにフニッとなる気分。
 M女史は一転、超エネルギッシュな「エジプト女」で、非常に勢いがあり、無理やりハイテンションにされる感じです。彼女には溜まっていたアーンミーヤの質問をするだけで、あっという間に時間が経ってしまいました。

 急いでアパートに戻り、下水工事の為に待機。
 大家さんとその娘、その母が勢ぞろいし、サッバーク(水道工事屋)がやってきて、ガンガン工事を始めます。エジプト式の荒っぽいやり方で、余裕で台所にあった食器とか割ってくれます(笑)。
 昨日は「めんどくさいなー」と思っていたのですが、大きなドリルとか持った人たちが次々やってきて、その横で大家さんのファトマや娘のタスニームとお喋りしていると、結構楽しくやれました。
 ファトマはしょっちゅうどこか抜けた発言をするのですが、その度にタスニームがツッコミを入れていて、オモロイ親子になっています。
 五時くらいから始まった工事は、十時過ぎて終了。工事の理由は階下での水漏れだったのですが、うちも水はけよくなって、更にお湯がよく出るようになっていて感動。ガスは関係ないのですが、湯沸かし器まわりの配管が腐っていた模様。お湯が出るって素晴らしい。
 支払い時に、ファトマがちゃんと値切っているところがエジプトらしい。「いやいやいや、ここも直してあそこも直して、そりゃないですぜ奥さん」みたいなやり取りを横から眺めていました。

 日曜日。
 学校で色んな人が咳き込んだり鼻をズルズルさせている。
 「寒い、寒い」と言うのですが、わたしからすると秋くらいの気候で、かつ雨もほとんど降らないので、過ごし易いことこの上ないです。エジプト的にはかなり寒いようです。

 月曜日。
 授業が夕方しかなく、ほとんど図書館で某文豪のエッセイを読んで過ごす。
 正直七割くらいしかわかっていないのですが、わかる部分だけでもかなり楽しい。施設のエジプト人男性が、「それは古いから難しい、アラーゥ・イル=アスワーニーとか現代小説の方が易しいよ」と言ってくれ、読む順番を間違えたかも、と悟る。

 N女史との授業ではクルアーンのアーヤを例文にある文法項目を学ぶ。あぁ、こういうのがやりたかった。でももう時間がない。地道にやるしかない。
 こういう勉強は本当に心が穏やかになるけれど、日常生活や会話や普通の文章を読むには全然役に立たないです(笑)。この辺がアラビア語の恐ろしいところですね・・。

 お土産を眺めに行って、目が眩んでお金もないのについ自分用のアクセサリーを一つ買ってしまう。あぁ・・・。
 さらに本屋さんで、短い試論本と子供向けのイスラーム関係の本を購入。とにかく本屋さんは夢のような世界で、可愛い表紙の本も多いし、物色しているだけでどんどん時間が過ぎて、全部欲しくなってしまうのですが、荷物になるので我慢我慢。
 店員さんに「これは諸預言者のお話だから、イスラームまでで終わりでしょう? イスラームの歴史についての、丁度これくらいのレベルの本はない?」と聞いたのですが、絵本みたいなものしかなく断念。その絵本も泥臭くてイイ味出した絵柄だったのですが、今ひとつ可愛さに欠けたのでパスしました。

 ブログの見た目を少し変える。あまりにも殺風景だったので。

 火曜日。
 M女史とアーンミーヤの授業後、二時間自習を挟んでN女史とフスハー。朝が早かったせいか、前半元気がない。

 授業後、日本人K氏とエジプト人Nちゃんの「お見合い」。K氏はアラブ文学研究者で、Nちゃんは日本語勉強中だし、お互いにとってプラスじゃないかな、と思い、紹介してみる。日本人男性がエジプト人女性と友達になるのはなかなか難しいので、少しでも役に立ったら嬉しいです。もちろん、両方の人格が信頼できるから初めて紹介するわけですが。
 図書館の外のロビーで、一時間余り楽しくダベる。また、Nちゃん到着前にK氏と交わした会話もとても有意義で、久々に中身のギシッとした日本語の会話ができました。アラブの現状と歴史について、非常に冷静で個人的にタイプな言を語ってくれて、とても嬉しくなる。彼とはわたしも友達でいたいです。こういうタイプの知性は、静かなドライブ感があって気持ちがイイ。

 この日もNちゃんと一緒に帰ったのですが、つくづく彼女は「日本人っぽい」性格をしています。
 「エジプト人の友達は、全然わたしの気持ちをわかってくれない」とこぼすのも、理解できます。「○○さん(わたしのこと)の方が、ずっと話が通じる」。まぁ、わたしに通じるということは、他の日本人には通じないということかもしれないので、油断しないで欲しいですが(笑)。
 「激しく浮いた子」として育った者として、彼女には特別な共感を抱くのですが、この国では女性が「何でも一人でやる主義」で突っ走って生きるのが日本の百倍難しいです。男性だって簡単ではないでしょう。彼女の将来を考えると、なんとしても一定期間日本に留学し、できれば就労の機会を得た方が良いです。色々奨学金の制度などもあるので、あらゆる手を尽くして日本とのコネクションを作った方が、彼女らしい幸せな人生を送れるはずです。最低でも、カイロで日本関係の職を見つけないと。
 彼女の日本語は、特に会話については、まだまだ頑張る余地があります(人のこと言えませんが)。でも、語学力以前に、感覚的なものが日本人と通じやすい素地があるのです。これは一般のエジプト人にはあまり当てはまりません。
 「会話がたどたどしい」のも、丁度日本人がキチンと喋ろうとしすぎて英語ができないのと似た理由から来ているように見えます。彼女はアラビア語でもちょっとモゴモゴして、正確に説明しようとする余りかえってわかりにくい説明になる、ということがよくあります。ズバッと言おうとして、うまく言葉にならず、そのままモゴモゴ誤魔化してしまう、という、日本人にありがちなパターンです。照れ隠しのゴニョゴニョした言葉がやたら入り、外国人にとってはリスニングが難しいです。大抵のエジプト人は、口から先に生まれてきたような性格で、会話におけるこういう「不明瞭さ」や、彼女のような「地味でお人よしでうまく使われちゃう」タイプは稀です。

 今まで何人か、びっくりするくらい日本語の上手なエジプト人に会いました。
 しかし、この件は以前にも書いたのですが、日本語が上手であることと、日本人っぽいコミュニケーションが取れることは、全然別問題です。いかに日本語で喋っていても、彼・彼女はエジプト人で、かつエジプトにいるのですから、エジプト的感覚で喋っても構わないに決まっているのですが、下手に日本語が上手なだけに「なんでコレがわかってコレがわからないかな」と、生理的に気持ちの悪い思いをしたことも何度かあります。彼らの日本語は「失礼」に聞こえるのです(もちろん、そう感じてしまうわたしに責任がある)。
 一方、Nちゃんの日本語は、まだこのような達人の足元にも及びません。にも関わらず、非常に「通じる」感触があります。「語学の達者な日本通」ではなく、「舌足らずでちょっと変わったただの日本人」と話しているような気分になるのです。
 日本で生活し仕事をするとしたら、おそらく気に入られるのは、後者の方でしょう。多少言葉が下手でも、ノリが通じて愛想が良くて控えめな子の方が、日本人には好かれるはずです。そして一端好かれてしまえば、あとは言葉なんて何とでもなるし、文化的背景の違いからヘマをしても、許して貰える率がグッと上がるでしょう。
 わたしも必ずこの地に戻ってきたいですが、彼女にも是非我が祖国の土を踏んで頂きたい、と強く願いながら、ハグハグして別れました。

 ネックになるとしたら、イスラームだけですが(彼女は平均的エジプト人より信仰熱心)、彼女のような控えめでもの静かなタイプの「アラブ人」ムスリマが日本にいれば、周囲の人のイスラームおよびアラブに対するイメージも良くなるのでは、と、ちょっと利己的な想像もしました。
 口に泡を飛ばしてイスラームの素晴らしさを訴えるよくいるエジプト人の、一万倍くらい「イスラーム好感度」アップに貢献できると思うのですけれど。

交差点のトゥクトゥク
交差点のトゥクトゥク posted by (C)ほじょこ
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  1. 日本に来て欲しい人|2010/01/06(水) 05:12:20|
  2. エジプト留学日記

エジプトの「カイゼン」

カイゼン
カイゼン posted by (C)ほじょこ

カイゼンせよ、さらばアッラーは慈悲を与えられん

 「カイゼン」とは、日本のストラテジーであり、二つの言葉から成っている。「カイ」は変革を意味し、「ゼン」は「より良く」を意味し、あわせると「カイゼン」、つまり継続的改良となる。
 これが世に現れたのは1984年、日本のエキスパート今井正明によってで、この時かれは、人生のターニングポイントの一つにいた。この理論は、次の考えの上に立っている。「小さな一歩が人生を変えることができる」。例えばこうだ。何かの習慣、例えば喫煙をやめようという時、この決定は断固たるもので、この習慣に人を結びつけるすべてを遠ざけることを課すものだろう。これを成功させられる人はいるが、ほとんどの人は失敗する。なぜなら、突発的な情熱は、時と共に衰えていくからだ。
 カイゼンは、それまでの考えをきっぱりと拒む。なぜならそれは、「僅かな少しずつの変革」だからだ。このことは同じ例から理解することができる。
 何らかの習慣、例えば喫煙をやめようとする場合、我々は、この決定に十分な時間を与えなければならない。もし煙草を一箱吸っているなら、翌日には一本だけ減らし、また次の日には二本減らし、という具合だ。
 変革が段階的であれば、継続の機会はより強力になる。
 つまり、
活動またはプロセス = 有益な作業 + 無益な作業
カイゼン = 有益な作業 - 無益な作業
 ということだ。

 カイゼンは「二つの言葉」ではなく「二つの文字」なのですが、そこを説明し出すと大変なので、「言葉」と言っているのでしょう。
 わたしは、この手の「経営哲学」的な話が大嫌いなので、カイゼンについてもその単語を耳にした程度しか知識がないのですが、「ちょっとずつやるのが大切よ」な話は、イスラームの文脈で何度も聞いています。
 التدرج في العبادة(信仰における段階性)と言い、「何でも一遍に完璧にしようとするのはいけない、ちょっとずつ良くしていくのが一番良い」という意味で、多分ハディースかクルアーンのアーヤに参照先があるはずなのですが、具体的には覚えていません。すいません。

 この記事で面白いのはタイトルで、「カイゼン」から作ったكيزنという造語の動詞を、「カイゼンせよ」と複数への命令形に活用させています(タカイジヌー)。kaizenがアラビア語に定着する日も来るのでしょうか。

『カイゼン―日本企業が国際競争で成功した経営ノウハウ』今井正明
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  1. エジプトの「カイゼン」|2009/12/28(月) 03:58:48|
  2. 新聞・メディア

エジプト人の見た日本

 ふと思い出したのですが、先日、日本を十日ほど訪れたことのあるエジプト人が、日本の印象を語っているのを聞く機会がありました。
 エジプト人同士の会話を横で聞いていたので、今ひとつ心もとないのですが、こんな感じでした。

・初日は東京のオリンピックなんちゃらという施設に泊まり、刑務所みたいだった
・高知にホームステイした。とても素敵なところだった
・エジプトを出る時「知らない人がこんなに親切にしてくれるのはエジプトだけだから気をつけろ」と言われたけれど、日本人も親切だった。ただし、こちらから尋ねなければ勝手に助けてはくれない(エジプト人は呼びもしないのに助け始めるw)
・道に人がいない(エジプトでは家の前とかその辺に椅子を置いておっちゃんがダベっている姿が基本なので、道が文字通りの通路でしかなく、公共空間として使われていないのに驚いたらしい)
・気候は素晴らしい。エジプトよりずっと良い(わたし個人はあんまり同意しないw)
・唯一の問題は食べ物。不味い

 食べ物が不味いというのはどういうことなのだろう、と思って聞くと「ワニの肉を食べさせられた」とか言います。外人が来たと思って変わったものを出したのが裏目に出たのでしょうか。一体どういう状況だったのでしょう・・・。
 また、朝ご飯に魚が出たりするのも、受け付けないようです。エジプト人は魚も食べるし、彼は大好きとのことですが、朝は豆!というのがエジプトの定番で、魚は食べたくないそうです。わたしも朝から魚なんて食べないですが、温泉旅館の朝食みたいな感じだったのでしょうか。
 食べ物の不満を言われて意地になるのもみっともないですが、ワニを食べて「日本食不味い」と言われるのは心外です。卓球で負けたボクサーが「あいつは弱い」って言われているような気分です。せめてボクシングで負かしてくれ!という。
 親愛なる祖国の皆さん、外人が来た時は、張り切らずに普通のものを普通に出してあげてましょう・・・。

 そういえば、先日訪れたルクソールOASISのYさんの旦那さんが日本を訪れた時は、以前にちらっとネタにさせて頂いたように「木に異様にはしゃいでいた」以外に、

・食べ物は美味しい。不安で用意した乾燥モロヘイヤを全部捨てた
・デパートで働くYさんの友人を一緒に訪れたところ、彼女が接客を続けていて驚いた

 というのがありました。
 エジプトなら、何人客が行列していようが、友達が来たら仕事を放り出して挨拶します。
 エジプト人的には、日本人の態度は「友達が来ているのに何て薄情なヤツだ」と映るようです。まぁそれもわからないではないですね。日本人は仕事優先しすぎです。
 エジプト人には、もうちょっとだけ仕事を優先して頂きたいですが・・。

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アスワーンの果物屋さん posted by (C)ほじょこ
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  1. エジプト人の見た日本|2009/12/10(木) 02:44:38|
  2. エジプト留学雑記

日本の高齢者補助ロボット

ロボットの記事
ロボットの記事 posted by (C)ほじょこ


日本の高齢者補助ロボット

 「ロボコップ」か何かのアクション映画のようだ。動く華麗なロボットスーツをまとって、人間が歩いている。このロボットが実現たらしめた偉大な成功は、過剰なまでのものだ。これはSF映画ではない。日本の電化製品会社、サイバーダインのプロモーションビデオだ。
 ビデオには、パーキンソン病に苦しむ一人の老人が映し出される。彼は骨格をロボットに固定し、肌につけた神経パルスを感知するセンサーを用い、これにより、ロボットの「手」や「足」が動作する。このロボットにより、日本の鶴ヶ島保健センターのサイコワンの患者が、二年ぶりに歩くことができた。サイバーダイン代表の山海義之氏は語る。「起き上がるだけで十分だと思っていたのに、歩くことまでできて、驚いている」。
 ワシントンの高齢者技術サービスセンター長マギド・ウルワーン氏は語る。「日本の高齢者危機(訳注:少子高齢化)が政府や科学者界を後押しし、高齢者のための技術、特にロボットへの投資に結びついたのだろう」。


 このロボットのことは、以前にネットで読んだ記憶があります。
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  1. 日本の高齢者補助ロボット|2009/11/19(木) 10:21:00|
  2. 新聞・メディア

日本の犬広場、サマータイム、アラビア語のウナギ文

・エジプトの猫問題、日本の犬広場

 カイロの猫が荒んでいる、と書いたら、「イスラームでは猫が大事にされると思っていたけど、かわいそう」みたいなコメントを見かけたので、ちょっと弁護しておきます。
 確かにカイロの猫は全般に薄汚くてワイルドですが、人間も同じくらいワイルドです(ごめん、エジプト人!)。別にエジプト人が猫を嫌っていて、悲惨な生活を強いているわけではありません。「障害者率」も「子供多い率」も、猫と人間で同じくらいじゃないかと思います。
 ストリートチルドレンが沢山いる状況で、猫を人間に優先するわけにはいかないでしょう。人間と都市生活動物の生活レベルや風貌は、かなり相関していると思います。日本の猫が小奇麗なのは、人間が小奇麗だからでしょう。
 逆に、人間も動物も小奇麗なのが当たり前で、ちょっと薄汚かったり片目がなかったりすると「違う人」扱いする日本の方が、余程息苦しくてイケスカナイと思いますけれどね。片目がないからなんだってんだ!

 また、エジプト人が特別猫をいじめているとかではないです。子供が棒で叩いたりしていることはありますが、日本だって昔は虫分解する子供とか沢山いたでしょう。ストリートカフェなんかでは女性でもシッシッと追っ払っていますが、これも動物の多かった頃の日本も同じだったろうし、油断していると本当に猫にご飯取られるので、人間だって必死です。
 というか、わたしが子供の時も、可愛がっていた野良猫を近所の人だか実の親だかの連絡でそのまま保健所?で殺された覚えがありますけれどね。捏造された記憶ですかね。カイロではそういうシステマティックな殺害はないですよ。野良犬も野放しだし。
 彼らは「人間は人間、猫は猫、同じように暮らすことはできない、それぞれに相応しい生き方がある」と思っているだけで、特に猫については、動物の中でもポジティヴな評価を与えていますよ。
 犬は本当にネガティヴ評価ですけれどね・・・。「忠実で強い動物」という認識もありますが、基本的に道具以上の価値はないし、野良犬については「いるし、しょうがねーなー」くらいの扱いだと思います。

 犬と言って思い出しましたが、親しいエジプト人と動物のことを話していて「日本には『犬広場』というのがあるのだろう? とても有名だと聞いたぞ」と言われたことがあります。
 何のことかと思ったら、ハチ公前のことでした。ハチ公のエピソードもよく知っていました。
 普通のエジプト人は知らないと思うし、彼がどこかで聞きかじったか本で読んだのでしょうが、意外と有名みたいですね。
 彼も「犬は忠実で有用な生き物だが、犬は犬、人間は人間。家に上げたりするのは感心しない」という考え方。
 でも、今のカイロにはペットで犬を飼っている人も存在はします。

 猫と言えば、以前に「猫とゴキブリの溢れる病院」という新聞記事を読んだことがあります。健康保険病院の不衛生な状況を告発する記事でしたが、ゴキブリはわかるにしても、猫というのは日本では出てこない発想です。
 日本で「猫のいる病院」が問題になったとしても、それは多分、猫好きの人が餌をやったために増えてしまった、とかいう話であって、自然に増えたわけではありません。この記事の状況で猫が増えているのは、生態系の一番上のところで猫が登場しているのですから、それだけ衛生管理が危機的ということで、猫だけ排除してもより被害が拡大するだけでしょう。病原菌の媒介、という意味では、昆虫や爬虫類より哺乳類の猫の方がより危険ですが・・・。


・サマータイム

 日本では温暖化対策とかいう白痴的口実でサマータイムの導入が検討されているそうです。エジプトにはサマータイムがあります。
 ですが、わたしは日本のサマータイム導入には反対です。
 まだ夏から秋にかけてしか生活していないので、偉そうなことは言えないのですが、エジプト人は、本当に季節によって生活時間帯が少しズレていくんですよ。子供の夏休み期間中は、夜遅くまで町全体が非常にアクティヴで、今はラマダーンが夏の終わりの時期なのも手伝って、非常に宵っ張りリズムで動いています。一方、今の時期でも既に「早寝早起き」リズムに街が移行していっているのがわかるし、冬は本当に早寝早起きになるそうです。
 多分、日中の温度差が非常に大きいことが関係しているのでしょう。エジプト人が「カイロは温度差が少なくて過ごしやすい」と言っているのを聞きましたが、それはアスワーンなどと比較するからで、日本基準で言えば昼と夜の温度差がとても大きいです。すぐそこが砂漠なので当たり前です。
 ということは、夏暑くてもちょっと待っていたらすごく涼しくなるし(本当に素晴らしく快適になる!)、冬寒くてもちょっと待ったら暖かくなる、ということです。つまり、生活時間帯をズラす甲斐がある。
 ところが、日本はそんなに日中の温度差が大きくないし、雨や曇りの日も多く、そうなるとますます日中の温度変化がなくなります。待っていてもラチがあかないので、生活時間帯をズラすメリットがあまりありません。
 元々慣習上存在しないサマータイムなんか導入しても、IT特需があるくらいで、社会が混乱するだけでしょう。


・アラビア語のウナギ文?

 日本語には、ウナギ文と呼ばれる構文があります。
日本語では、「僕はウナギだ」「私はプリンです」のように、「買う」「選ぶ」「取る」「食べる」などの意の動詞の代替でコピュラを用いることが多くあり、このようにコピュラの使用をする構文を最も代表的な「僕はウナギだ」にちなんで、ウナギ文という。

 食堂で料理を注文するのに、「ぼくはうなぎにする」の代わりに「ぼくはうなぎだ」というようなことで、「ぼくはうなぎ」と言ったからといって、彼は人間であってうなぎではありません。

 この間エレベータに乗って、後から来た男性に「何階?」と聞いたら、أنا خمسةみたいな答え方をされました。「僕は五」と言っているのですが、彼は五階で降りたいだけで、「五」ではありません。
 「これはウナギ文!?」と思ったのですが、似ているようでちょっと違う気もします。アラビア語では、未完了時制では基本的にコピュラが使われないため、別にコピュラが他の動詞を代替しているわけではないからです。
 名詞文という、アラビア語の独特の構文が使われているわけですが、普通の名詞文として理解しても文法的には誤りだし、「名詞文の補語の動詞文の中で動詞が省略されている」というのが厳密な理解なのでしょうけれど、もちろん誰もそんな難しいことは考えていなくて、日本語のウナギ文みたいな感じで気軽に使えます。

 この名詞文、簡単なようで実に奥が深く、会話の中では少し日本語と似たノリで使っていることもあります。
 ここから先はマニアックな話なのですが、以前にS先生が「アーンミーヤはほとんど名詞文だ」と言ったことがあります。アラビア語の文法をある程度わかっている人なら「それは面白いことを言うなぁ」と好奇心をくすぐられると思うのですが、あまりアラビア語を知らなかったり、アラブ的な文法概念で学んでこなかった人(欧米系などに多い?)は、「何言ってんだ」とキョトンとするのでは、と思います。
 例えば「わたし 行く 学校」という文章があったら、アラブ的文法では、これは「行く 学校」という動詞文全体が、「「わたし」>「行く 学校」」という形で名詞文のハバル(補語みたいな感じ)になっている、と複文構造として理解します。
 統語構造がヨーロッパ言語に似ているアーンミーヤだけ考えたら、こんな回りくどい考え方は要らないようにも見えるのですが、アラビア語の本質を理解しようとしたら(そんなもん理解していませんが)、これを複文として理解し、「アーンミーヤはほとんど名詞文」というのも、ストンと落ちるところがあるのです。フスハーでは原則動詞が一番最初に来て、かつ動詞の活用形に主語人称の情報が含まれているからです(正確には、外国では活用変化として教えられることが多い動詞の語尾変化が、アラブの文法では「ダミール=代名詞」として説明される)。
 世代的に若く、ヨーロッパ人と非常に付き合いの多いF女史にこの話をしたら、「それは面白いねー。確かにヨーロッパの人に『名詞文』とかから説明しても、ややこしくなるだけだから、最初はしない」と言っていました。

 この名詞文ですが、慣れてくると、ちょっと日本語に似たノリで使えて、非常に楽チンです。
 日本語では「主語 目的語 動詞」の語順が多いし、しばしば主語が省略されて「目的語 動詞」になります。
 とにかく最初に主題となる名詞を持ってきたい気持ちが強くて、動詞先行のアラビア語とは正反対のノリなのですが、名詞文を使えば、アラビア語でも「寿司 わたしは食べたそれを昨日」みたいな言い方ができます。
 日本語で育った人間としては、会話していて、「寿司」とかパッと主題が浮かんで、それからエピソードをつなげる、という順序で思考が進むことが多いのですが、そのまま自然な順序で口に出すことができます。
 英語の関係代名詞による複文と違って、従属節にあたるハバルの中では、必ず代名詞によって先行する名詞が受けられるのですが、これも慣れるとかえって自然です。英語で喋っていても時々この言い方をしてしまいます(アラブ人に多い英語の間違い)。


 「日本語は主語を曖昧にする言語だ」みたいなことは言い尽くされています。そもそも主語という概念が日本語理解の上では邪魔なんじゃないかと思うのですが、主語の省略自体は別に日本語に限ったことではありません。
 ただし、フスハーで主語が明示されないのは、動詞に厳密な人称変化があるからで、日本語における「主語省略」とはまったく事情が異なります。
 ただ、そこから長年の変化を経て、文法がグッと簡素化してヨーロッパ言語的な語順の多くなったエジプト方言で考えると、「本当にちょっと日本語的省略に似ていない?」と感じる部分もあります。
 エジプト方言ではواحدという、英語のoneにあたる言葉を主語に立てて「お腹がへっている人がいる」みたいに言えます。実際は言っている本人が空腹のことが多いわけですが、敢えて明示せずに「君もおなか減ってるよね? ぼくも減ってるし、そろそろ食事にしない?」みたいな曖昧なニュアンスを出すことができます。it rainsのitみたいで、フロイトを連想します(笑)。(この発想を共有できる人は数少ないでしょうが、わたしの真の友です)
 欲動が空腹している!

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  1. 日本の犬広場、サマータイム、アラビア語のウナギ文|2009/10/30(金) 23:46:55|
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日本人と宗教、タヒーナの思い出

 F先生の授業で、「日本の文化について何か文章を書いてきて」と宿題を出され、真面目に用意してあったのですが、ノートを忘れて、結局口頭で全部話すことになりました。
 「文化って、ざっくりしすぎやろ」と思ったのですが、手始めにちょっと重いですが宗教ネタから入ってみることにしました。
 こんなお話です。
 ある作家が、「日本人の80%は仏教徒で、70%が神道の信者だ」と書き、それを読んだアメリカ人が「この作家は簡単な百分率も知らないのか」と驚いたそうです。
 F先生も「え?」と驚いて、面白いくらいツカミにかかってくれます。こういう時のエジプト人は、めちゃくちゃ素直に大袈裟なリアクションを返してくれるので、トーク冥利に尽きます。
 日本人なら、別に驚きはしないでしょう。同じ人間が、「ある時は仏教の寺院に行き、ある時は神社に行く」のは、日本ではよくあることですから。
 しかし、エジプト人でムスリマの彼女にとっては、やはり相当奇異なことのようで「一体どういうことなの??」と、非常に素直に疑問を持ってくれます。
 ここから先はわたし個人の考えですが、ほとんどの日本人には、دين(ディーン、信仰)というものはないし、日本における仏教や神道も、多くの場合は「ディーン」ではない、と思っています。
 もちろん、日本人に信仰の名に値するものがまったく存在しない、というわけではありません。でもその「信仰」は、少なくともアラビア語話者が「ディーン」と言って想定するような性質のものではないし、「日本人の主なディーンは何だ」と問われて、正直に答えようとするなら、ここから話し始めないといけないでしょう(でも面倒なので普通はそこまで話さないw)。
 「もちろん、一部の信仰熱心な人は違う。彼らはスーフィーのような存在で、仏教のスーフィーなら、髪を剃って寺院で暮らし、普通の仕事はせず、信仰が彼の職業であるかのように生活する。一方で、それ以外の日本人は、宗教は『スーフィー』のやることで、自分には関係ないと思っている。多くのムスリムとはまったく異なる」「日本人の大多数が寺院や神社に行くのは、キレイな建物を見たり慣習に倣ったりしているだけだ。時には、自分がいるのが仏教寺院なのか神社なのか認識していないことすらある」。
 「それは、一人のエジプト人が、時にガーマに行き、時に教会に行くようなもの?」と先生は笑っています。そんなことはもちろん、エジプトでは絶対にあり得ません。
 「そうだけれど、彼らの意識は違う。一部の信仰熱心な人以外にとって、寺院も神社も別に信仰の場ではない。年始には多くの日本人が神社に行くけれど、誰も理由など考えていない。単にみんなが行くから自分も行くだけだ」「仏教の寺院に行き、神社に行けば、神様がもっと沢山になって得だ、という考え方もある」と、面白おかしく語ったら、大爆笑してもらえて楽しかったです。

 ちなみに「仏教のスーフィー」というのは変な言い回しですが、以前にS先生が語っていた内容によると、「スーフィズムالتصوفというのはイスラームに限ったものではない、あらゆる信仰にスーフィズムがあり得る」とのことなので、言って言えないことはないのかもしれません(もちろん、ここでは説明の便宜上そう言っただけ)。

 これくらいまくし立てたところで、F先生がふと「あなたは本当に変わっているねぇ」と言います。
 「え、変?」と聞き返すと、「変な日本人」。
 「沢山の日本人学生に会ったけれど、皆ニコニコしているだけあまり喋らない。『わかった?』と聞いてもナアムとかアイワしか言わない。あなたはめちゃくちゃ喋るし、身振りもエジプト人みたいで、何でもハッキリ言う。全然違う」。
 「日本人は一般にあまり沢山喋らないし、日本でははっきりものを言うのは好まれない。特に否定的なことは、かなり遠まわしに言うのが普通だ。わたしのような人間は、『良くない日本人』だ」
 そう言うと、本当にストレートに「確かに『良くない日本人』だね。あははは」と返されてしまいました。
 超直情径行で口と手と足が常に脳みそに先行する性格が、人生で初めてプラスに働いているようです。エジプトに住みたい・・・。
 「人によるけれど、一般に日本人は『言わないでも通じる』ということを重んじる。言わないとわからない人は嫌われる。確かに、言葉抜きで理解できれば素晴らしいし、ずっと一緒に住んだりしていれば、そういうこともできるだろう。でも、特に違う環境で育った人と話す時は、まず何でも言葉にしないといけない、とわたし個人は考えている。『わたしは理解した』と言いたいなら、単に『はい』『わかった』とか言うだけでは不十分だ。『あなたの考えはこういうことだ』と説明できなければならないし、『この点にわたしは同意するが、ここは考えが違う、わたしの考えはこうだ』と言えて、初めて『理解した』ことになる。表現できなかった結果、悪いことが起こったら、それは表現できない人間が悪い。沢山表現すれば、時には争いになるが、むしろ争った方がいい。わたしは喧嘩のない世界は嫌いだ。そういう考え方の日本人は、ダメな日本人だけれど、わたしはわたしなので、別に気にしていない」
 そうまくし立てると、とりあえず「表現は義務」ということには同意して貰えました。他はダメだったかもしれません(笑)。
 もちろん、ヘボヘボのアラビア語で表現と言えるほどの表現ができているかどうかはかなり怪しいのですが、とにかく常に「何か喋って」はいるので、感情の迸りだけは伝わっているでしょう。

 気になったので、「他の国の人はどう? 中国人は?」と尋ねてみると、「一番喋らないのは日本人。次が韓国人かな。中国人は、結構喋るし自己主張する」とのことです。そういうことなら、これからはシーニーと呼ばれても歓迎することにします。いいよもう、中国人で。ニーハオ。毎日パンダ食べてるよ。
 わたし個人は、「ちょっとエジプト人で、ちょっと西洋人で、とにかく変わっている」そうです。全員キャラ立ちすぎのエジプト人に変人呼ばわりされて、大変光栄です。これからも毎日喧嘩して生きていきます。押忍。

 ちなみに、肝心の言語的なことについて「何が問題?」と尋ねると、「正しい文法で沢山喋るのは良いけれど、フスハーとアーンミーヤがいつもグチャグチャに混ざっている」と指摘されました。すいません。頑張ります。押忍。
 もうちょっと人の話を聞かないといけないですね。まくしたてた後に、F先生が静かに正しいアラビア語でまとめてくれると、あまりの美しいまとめ方に、ポケーッとしてきます。特にフスハーだと、惚れ惚れするくらいです(フスハーの綺麗な人は無条件に尊敬)。子供が大人を見上げているようですが、ボケッとしていないで、表現を盗まないといけません。あんな風にかっこよく喋りたい!

 確かに沢山喋ってはいるのですが、「言いたいこと」が言えているかというと、そこはおぼつきません。大抵は「言いたいこと」がまとまる前に喋っているので、深く考えていませんが、難しいことを言おうとすると、語彙が足りなかったりしてちゃんと表現できないので、そういう時は、多少意図と違っても、知ってる範囲で言葉をつなぐようにしています(この「苦し紛れでつい違うことを言ってしまう」のは、慣れない外国語を話している時に万国共通で見られる現象だそうです)。また、少ない言葉で抽象的にバシッと言おうとすると難しいので、ちょっと言葉に詰まりそうになったら、速攻でネタを地に落として、具体的な例を次々まくし立てることで誤魔化しています。
 例えば、「三交代制の工場で働いている友人」とかバシッと言いたいのに言えない時は、「工場で友達が働いている。その工場は、例えばムハンマドが九時から五時まで働いて、次にアフマドが来て働いて、アフマドが終わるとマフムードが来て働く。マフムードが帰る時に、ムハンマドが来る。三人の人間が違う時間に働く。一人の人間は、時々働く時間が変わる。その工場で、友達が働いている。その友達が・・」とか、めちゃくちゃ幼児レベルで話しています。
 こういうのは、トークの場をつなぐ上では有効なのですが、いつまで経ってもレベルの低い似たような会話しかできないので、もっと語彙を身に付け、ちょっと話につまっても高級な言い回しを使う努力をしないといけないかもしれません。

 今、ふと気づきましたが、この「とりあえず何か言っちゃう」性質は、エジプト人が間違った道を教えてしまう時と似ているかもしれませんね。「ここまで来て何も言わずに帰れるかっ」みたいな。わたしは間違った道でもとりあえず教えちゃうエジプト人と一緒です。あかんやん!

 今日は料理のレシピのような文章も読んだのですが、こういうのは結構難しいです。まず、その分野の語彙がキチンとないといけませんが、食材や調理法といったものは、知っていれば簡単だけれど知らないと永遠に意味不明、ということになります。スパイスの名前とか、さっぱりわかりません。先生も「難しい」と言っていました。
 そこでふと、初めてタヒーナ(ゴマのペースト)を食べた時のことを思い出して、先生に話しました。
 エジプト好きな人でタヒーナを知らない人はいないと思うのですが、わたしは当初エジプトそのものには別に興味もなく、遺跡も食べ物もまったく知識がありませんでした。
 マタアムで、サラダの欄のところに「タヒーナ」と書かれていたので、「サラダの仲間だろう」とは思ったのですが、何やらさっぱりわかりません。店員さんに「タヒーナって何?」と聞いたら、「タヒーナは・・・タヒーナだよ、タヒーナ。お前タヒーナ知らないのか!? タヒーナだよ!」と、ただひたすら「タヒーナ」という言葉を繰り返すだけで、何の解決にもなりません。
 食べればわかるだろうと思い、「よくわかんないけど、そのタヒーナくれ」と言ったら、ちゃんとタヒーナが出てきました。店員さんは「これがタヒーナだ」と、なぜか滅茶苦茶誇らしげです。
 でも、「サラダのところに書いてあったから、きっと野菜の一種だろう」と思っていたら、全然想定外の姿形をしていらっしゃいます。見た目からは原料の想像もつきません。
 普通、タヒーナというのはエーシ(パン)につけて食べるものなのですが、この時はタヒーナの存在も知らないくらいなので、食べ方すらわかりません。
 「スープみたいなもの?」とスプーンですくって食べるのですが、そういう食べ方をして美味しいものではありません。店員さんが横で大爆笑しています。
 食べ終わっても、まだタヒーナが何なのかわからず、単にエジプト人のウケがとれただけでした。
 でもこうして話のタネになったし、またエジプト人を笑わせることができたので、得な経験でした。

 能天気なことばかり書いたので、最後にちょっと真面目なことを書くと、やっぱり女一人でどこにでも歩いていくのは、褒められたことではないようです。彼女は最近、写真を撮ってもらうために夜に一人でお化粧して出かけたそうですが、男の人にジロジロ見られたそうです。
 夜といっても八時くらいですが、「夜、女が一人で化粧して歩いている」だけでも、奇異なことのようです。ちょっとションボリします。うち、強い子やから、悪いヤツが来ても自分でやっつけるっちゅうねん。
 というか、一体誰と歩けっちゅうねん・・・。

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