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中国のエジプト人 義烏のアラブ人ビジネスマンたち

中国のエジプト人
中国のエジプト人 アラビア語を話す地

 「中国にあっても知を求めよ」。この有名な諺は、最果てに遠い国についての諺だった。本紙は、中国で暮らすエジプト人たちの体験を追い、彼らの抱える問題、情熱、そしてこの新しい社会に適応してく方法を取材した。
 この記事で、本紙は、本当の「エジプト地区」になりつつある中国のいくつかの都市の舞台裏を目撃した。その場所を最初に訪れた者に中国の許す、覇気溢れる空気の中で、アラビア語が飛び交い、アラブの雰囲気が支配しているのだ。中国の義烏市(义乌、義烏、Yìwū)を我々は散策し、「偉大なる中国茶」の喫茶店でくつろぎ、「龍の国」への道で外国人の「警備された者たち」を探した。

マウおじさんの国で 利益を求めてアラビア語を学ぶ

 中国におけるアラブの投資は、簡単な手続きで済むが、言葉の壁が中国の売り手とアラブの商人の間で障害になっている。中国の諸都市、とりわけ義烏市には、「世界最大のスーパーマーケット」でのアラブ人の仕事を簡単にしてくれる商業事務所がある。これらの事務所は、多くの中国人女性翻訳者を頼りにしている。シャウチン・シーはその一人で、ここ中国の事務所で頼りにされている。彼女は、電車で20時間ほどの湖南省(Húnán)から、商業分野での中国語から英語、またはその逆の翻訳の仕事のために、義烏市へやって来た。それはエジプトの事務所の一つを通じてのことだった。シャウチン・シーは「アラブからやって来ている商人のほとんどは、物の安さにつられてきている」と語る。この街のアラブ人の多さがが、シャウチン・シーが母国語の中国語と英語に加えてアラビア語を学ぶ動機になった。「アラブ人の商売が広がっていることを利用しようと思ったんです」。
 中国のすべての物事と同様に、これらのレストランや喫茶店でも、五時が日々の生活の中での区切りの時間だ。仕事は終わり市場は閉まるが、この街にやって来たアラブ人たちは、それよりはアラブの喫茶店(マクハー)に集まる方を好む。それらのほとんどは市の中心部のシマウ・チー地区地区に集まっており、そこで彼らは夜通しお喋りし、アラブの衛星放送を見たり、ウンム・クルスームのようなアラブ人の歌声に耳を傾ける。
 この街には多くのアラブ人がおり、およそ25万人にも達する。これはこの街とその文化に大きな影響を与えており、アラビア語は義烏市において、中国語に次ぐ文句なしの第二の言語だ。ホテルやレストラン、企業や商業事務所やその他諸々が、看板で使っている。多くのホテルが、提供しているアラビア語衛星放送の数を競っており、広告の中でも提供しているアラビア語チャンネル数に触れている。
 アラブ人の存在の影響はこれにとどまらず、アラビア語教育が、ただの娯楽ではなく、この街での仕事に必要なものの一つになっている。アナスは、新疆地区から仕事で義烏にやって来た一人だ。アナスはーーこれはチン・ドゥングのアラビア語名だーーは大学でアラビア語を学んだわけではなく、モスクで勉強したのだ。実のところ、目的は純粋に信仰のためではない。良い仕事のチャンスを得るためでもあった。
 アナスが義烏に来た時は、アラビア語はそれで仕事ができる程は広まっていなかった。アナスは本紙にこう語った。「最初はあるアラブレストランで働きました。お客さんと、できるだけ長く話すようにしたんです。沢山のお客さんと知り合いになって、暇な時間に彼らと一緒にアラビア語で話すようにしました。新しい言葉を学び、わたしのアラビア語は上達し、アラブと中国の商人の間での仲介に使えるまでになりました」。母国語である中国語、学習した言語のアラビア語、この二つが話せることを、アナスは仕事における彼の唯一の資本だと考えている。彼はほとんど毎日仕事に追われている。アナスの確信している通り、義烏に来るアラブ人は日に日に増えているからだ。

龍の国への道 ビザを求める旅

 中国への道は、すべてが整えられていて賑わっているように見える。旅はビザを求めることから始まる。早くビザを手に入れるには、まず中国の経済の動きを観察することだ。この国では、統合的な経済的な奇跡が、マスクス主義から資本主義へ、統治体制を変えることなく移行したことによって成し遂げられた。わたしが中国への初めての旅でビザをとるために中国大使館を訪れた時、わたしは楽観的に考えていた。中国は、わたしの寝室にまでその製品を届けている国だ。龍の国はわたしの訪問を歓迎してくれるように、最初は見えた。特にわたしは、エジプト人のとても小さなグループの一人だった。この極東の国への旅を決めた。この旅は飛行機で地球を半周する十三時間の旅だ。カイロの中国大使館の住所を調べ、ザマーレクのバフガトゥ通りの大使館に向かった。
 通りはザマーレクの他の通りと何ら変わるところはなかった。閑静で大使館の沢山ある通りで、住人は古い貴族階級の人々だ。静かな通りで唯一戸惑うのは、大使館の建物の前に終わりのない長い行列ができていて、閉ざされた鉄の門の前にはエジプト人たちがいて、手に手にパスポートと書類の山、さらにいくつかのカバンを持っていることだ。わたしは今、中国大使館のビザ発給ゲートの前にいる。ビザを求める人だかりの中の一人だ。門衛のところに行き大使館に入れてくれるよう頼んだが、にべもなく行列を指さされただけだった。
 後ろを見ると、行列の最後に大使館前の歩道でビザを待ちながら寝ているグループがいた。そこでわたしは、中国への旅の最初の一夜をいかに過ごすものなのか知った。わたしは希望が崩れ去るのを感じ、行列の終わりから離れて、道にいる人々と言葉を交わした。そこでわたしは、この時期に中国入国のためにビザを求める人が多いのはおかしなことではなく、広東で展示会があるからだ、ということを知った。大使館の前で一晩待ちーーつまり泊まってーー門が朝開くのを待つ、これが「中国の商業シーズン」の通例だったのだ。
 待っている何人かの人から、旅行事務所には、報酬と引き換えに、大使館の歩道で泊まっている旅行者を手伝ってくれるところがある、と聞いた。わたしは、カイロ中心の有名な旅行事務所に赴いた。そこでは職員が、この事務所が提供する「素晴らしい」サービスのために、ビザ発給の倍の価格を要求してきた。わたしは事務所の理屈を拒み、大使館の周りに散らばる「ビザ仲介業者」を敬遠し、通りで夜を明かすことを決めた。ウストゥルバラド(ダウンタウン)のマクハーで長い時間を過ごし、夜中の三時くらいにザマーレクの中国大使館に再び赴いた。予想と違い、門の前には誰もいなかった。門番のところに行き、場所を取っておくために記名させて貰い、ダウンタウンに再び戻った。ビザが取れると確信していた。
 翌朝、わたしは、自分の名前がビザを取得した最初の住人の中に中にないのを見つけた。苛立ちながら、どうしてなのか尋ねた。わたしは夜、最初に大使館に来たじゃないか。答えは用意されていた。大使館の近くの建物の入口にある「即席」マクハーに、中国への旅のチャンスを狙っている人がいつも待っているのだ、と。中国行きのビザを手に入れたい人たちは、このマクハーで夜を過ごし、最初に到着した人が「順番整理」の責任者となり、書類を手に入れ自分の名前と一番を書き込み、それから後に来た人に書類が行き、数が埋まるまで続く、という具合なのだ。最初に通りで過ごした夜から三日目に、やっとわたしはビザを手に入れ、中国への旅を始めることができた。

義烏 中国の敷居

 ほんの十年前まで、今日「世界最大のスーパーマーケット」と呼ばれるものはなく、ただ中国南部の小さな村があるだけだった。この村で一番大事なのは、貧困から逃げるために息子たちを周辺の都市へやることだった。十年の後、状況は打って変わり、住民に見捨てられた村は、中国の内外から最も人を集める街の一つになった。中国の奇跡を飛び越えてきた義烏は、中国経済の中心地上海から300キロに位置し、浙江省に属する。
 始まりは、中国政府が義烏の人々の貧困の苦しみを軽減しようとしたことだった。その時義烏に残っていた人たちは、農業を営んでいた。政府は街に多くの市場を作る計画を始め、他の都市で生産された製造物をそこに向けることにした。中国各地の工場は、製品の送り先を義烏の展示場とし、とりわけ2002年に同市の世界商業センターができてからは、この動きが強まった。このセンターは面積が百万平方メートルを越え、25万以上の品目を扱い、1000以上のコンテナが毎日出荷される。
 住民に見捨てられた村だった義烏は、多くの文化と国籍が入り混じるようになった。世界中から商人が集まり、通りに広がるレストランでは世界中のあらゆる食べ物を味わうことができ、アラブ料理にもお目にかかれる。街にはアラブ色が濃く、商店や工場、ホテルなどの掲示には中国語と並んでアラビア語が見られる。
 この義烏のレストランカフェ「シンドバッド」で、エジプトで立ち上げた会社に残るより中国投資を選んだ技師マフムード・イムラーンは、その物語を語ってくれた。「友人に一緒に中国旅行に行こうと誘われるまで、中国に行くなんて考えたこともありませんでした」。イムラーンは続ける。「ビザは手に入れたのだけれど、一回目は旅行に行くことが出来ませんでした。二回目は、最初にわたしと一緒に旅行するはずだった友人を訪ねるためで、あまり乗る気ではありませんでした。一週間を過ごすだけのお金もなかったから」。
 「義烏がとても気に入り、ここに投資することを考え始めました。一週間後には会社を作っていました。ここではすべてが簡単で、税金も安くて不当ではないし、すべてが秩序だっていて明示されています」。
 簡単で投資の容易な生活はイムラーンを魅了し、最初の訪問での三ヶ月の中国滞在では満ち足りず、同じ年のうちに舞い戻り、二年目は三ヶ月ごとに中国とエジプトで分けて過ごした。この時期に、資本金300万元で貿易会社を設立し、三年目には拡張しエジプトや湾岸の商人たちと仕事を始めた。一年後にはエジプト人のパートナーと衣類工場を中国に作り、カフェレストラン「シンドバッド」を開いた。
 マフムード・イムラーンは義烏で七年過ごしており、一日たりともホームシックになっていない。というのも「アラブ人とエジプト人がどこにでもいる」からだ。マフムード・イムラーンも、他の外国人滞在者も、何年も前から滞在していて何の問題も感じていないが、街は既に膨張を抑制しようとしていて、滞在場所を得るのは簡単ではなくなっている。
 ムハンマド・アリーは、義烏のエジプト人の問題についてこうコメントした。「大使館とエジプト人がまったく別になっています。一人ひとりのエジプト人が自分の問題に直面していて、たとえ失敗してもこれを解決しなければならないのです」。ムハンマドは続ける。「以前にエジプト人の連絡会を作ろう、という動きがあったのですが、個人的な利害のせいで台なしになってしまいました」。
 エジプト人商人で、この街への訪問を欠かさない一人であるムハンマド・サーリフはこう語る。「義烏市はわたしたちの仕事をとても簡単にしてくれた。以前は、多くの中国の街で商品を買い付け、運送のために一つの場所に集めていましたが、今は、想像できるものはすべて、義烏に専用市場があり、お陰で苦労も減り旅費も節約できます」。ムハンマドは続ける。「わたしたちと義烏の関係は、単に商業上の関係だけでなく、精神的な関係でもあります。この街でわたしたちは強く結び付いているんです。一年に何度も訪れなければいられないし、アラブのどの国にでもあるような、一つの村にここがなってくれることを願っています」。
 ほとんどのアラブ商人は、取引をアレンジしてくれる事務所と協力している。あるエジプト事務所のオーナーである匿名希望のミーム・アイン(訳注:イニシャル)は、事務所と商人の関係をこう説明した。「わたしたちの関係をかいつまんで言えば、事務所は、ホテルの予約をしたり、アラビア語や英語の通訳を商人に提供して言葉の壁を取り除く手伝いをしています。通訳はまた、市場での商人の証人にもなります。また、事務所で専用の必要書類を書いたりします。これらすべてのサービスに対し、事務所は5%の仲介手数料を受け取っています」。
 ただし、輸入についてはこのようなバラ色にはいかない、とミーム・アインは語った。そこでは事務所は別のやり方で仕事をしている。義烏市のあるエジプトレストランで働くヤースィル・アブドゥルカリームはこう語る。「中国人の商人と一緒に価格を引き上げている事務所があります。商品の値段が高くになるに連れて、中国人商人から一回、外国商人から一回、手数料を取っているんです」。
 ヤースィルは、イッ=シャルキーヤ県から、エジプトの商業事務所の一つの薦めで、月給4500元(700ドル)で働くために、義烏にやってきた。彼の働いているレストランのイラク人オーナーにとても世話になっており、住居も食事も提供してもらっているという。

中国の偉大なる茶

 エジプトのお茶は中国のお茶とは根本的に違う。単に飲み物の種類として違ったり、入れ方が異なるだけでなく、ここでのお茶は「安くていつでも手に入る飲み物」だが、中国では「伝説の作り出した国家的飲み物」なのだ。伝説によると、ウー・ロング氏が茶の葉を摘み、鹿を捕まえて家に帰ったところ、茶を籠の中に忘れてしまい、翌日にはこれが発酵していたという。彼は茶を乾燥させる方法を考え、沸騰したお湯を注いだところ、「熟成された茶」の発見に至ったのだ。
 中国でのお茶は、どこの家でもどんな場所でも欠かすことができない。中国人がよく言う台詞によれば、中国に家は七つのものが欠かせない。薪、米、油、塩、醤油、酢、そして最後に家になければならないのが、お茶だ。ここ中国でのお茶は、生活のスタイルであり、中国人が消してはならないと考えている伝統に息を吹き込むことなのだ。中国人は競って客を夕方のお茶に誘う。それは家であったり、中国の至るところにある喫茶店であったりする。そのうち最も有名なのが、北京の「ラーウ・シャ」だ。
 中国の茶館は四つの流派に分かれる。一つは北京流で、音楽や大衆物語を聞きながらお茶を飲み、文学者や文化人が集うものだ。一方、広東流は、広東省に由来し、食事の間にお茶を飲む。この茶館では、お茶に高額の料金が支払われ、無料の食事があり、お金持ちのためのものだ。また四川流は、四川省に由来し、中国人らはお茶を飲みながら将棋を指す。そして上海流では、自然の景観の中でお茶を飲むことが好まれる。
 バン・チャン・ミン・チャ茶店で、タン・リー・チンは中国茶の種類を説明し、中国には百以上の茶の種類がある、と語った。それらは味、香り、原産地、そして緑、しろ、赤、黒と色が異なる。また勿論、価格も異なる。この中国女性はしばし考え、それから、最も有名なもので十の種類がある、と語った。
االمصريون فى الصين: الأرض بتتكلم عربى

 これは非常に面白い記事でした。
 以前にエジプトにおける外国人との結婚 4というエントリで、タイ在住エジプト人のことを書きましたが、中国にも大勢のエジプト人がいるようです(エジプトにはもっと多くの中国人がいますが)。
 中国の地名や人名のアラビア語表記が沢山出てくるのですが、特に人名はよくわかりません。中国語の分かる方には「何書いてんだ」という部分があるでしょうが、ご容赦下さいませ。
 地名にしても、日本人は原音ではなく日本語読みで覚えてしまっているので、こういう時に問題ですね。
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テーマ:エジプト - ジャンル:海外情報

  1. 中国のエジプト人 義烏のアラブ人ビジネスマンたち|2010/05/22(土) 03:05:39|
  2. 新聞・メディア

アラビア語の文章構造、中国を哂う者を中国と罵る

 日本人アラブ文学研究者K氏とお話した時のことで、一つメモし忘れていたのですが、彼が「エジプトの新聞の論説は難しい」と言ってくれて、ちょっとホッとしました(笑)。
 一般のニュース記事は簡単ですし、文化記事や特集記事のようなものも難しくありませn。ところが、社説や識者が一家言述べるコーナーになると、途端に難易度が増すのです。異様に格調高い文体で書かれていて、他で見たこともないような慣用表現が頻出します。ゴリゴリに文学作品を読みこなしている彼が「難しい」と言ってくれて、「わたしだけじゃないんだ」とセコい安心感を抱いてしまいました。
 また、アラビア語を学んでいる人は誰でも知っていますが、アラビア語の文章は一般に一文が非常に長く、下手をすると一ページ丸々一つの文だったりします。一段落一文くらいはザラです。様々な接続詞を駆使して滔々と繋げていくのがアラブ的には「美しい文章」で、実際にカッコイイのですが、日本語に訳そうとすると、非常に骨が折れます。
 日本語とアラビア語は、語順が悉く反対で、「英文解釈」的発想でつい後ろから訳してしまいたくなります。ところが、ワンセンテンスが長大なので、こういう大学生的方法では、いつまで経っても訳し始められません。アラビア語として読んでいる時は理解できているのに、翻訳してみようとすると筆が止まる、ということが非常に多いです。同時通訳的発想で、バンバン日本語に落として、後で辻褄を合わせることがよくあります(笑)。
 また、些細なことですが、個人的に気になっているのはカギカッコの使い方です。
 カギカッコというのはタグであって、「開始」されたら「終了」のタグが来るまでが台詞、というのが、普通の理解だと思います。
 ところが、エジプトの新聞を読んでいると、「開始」の後、ずっと台詞だと思って読んでいたら、また「開始」のタグが出現することがあります。「終了」が来ないまま文章が終わってしまうこともあります。パーサーだったら即効お手上げの状態です(笑)。
 最初は誤植かと思っていたのですが、あまりに多く見かけるので、これは一つのスタイルのようです。
 この場合、どこかで台詞が終わっているはずなのですが、終わりの場所は明示されていません。何気にいつの間にか地の文になっていて、大抵はピリオドのところで台詞が終わっている、と解釈できるのですが、前述の通り、アラビア語は一文が長いので、なかなかピリオドが来ません。時には、ピリオドが来る前に、一つの文の中で台詞が終了しているらしいことすらあります(何らマークがないので確信はありませんが)。
 アラブには演説や「声に出して美しく朗読する」伝統が色濃く、今でも詩人が社会的に高く評価されています(それに比べて小説家は不遇w)。推測ですが、書き言葉のテクストも、この「朗読」のノリで、サウンド第一で書かれているものが多いのかもしれません。
 大衆の読み物である新聞ですらこの有様。アラビア語、恐るべし。

 水曜日。
 帰宅途中にウストゥルバラドで、背後の若者三人がまた「ボーヤボーヤ」だの中国ネタでからかってくる(「ボーヤ」は「不要」のことらしく、映画の中の中国人の台詞を真似している)。
 何となく即効振り返って一人の胸倉をつかんで突き飛ばし、「誰がボーヤや。お前なんて言った?」と突っかかると、「俺じゃない」とかシラをきります。
 この「俺じゃない」は超定番なので、「何がお前ちゃうねん。お前がシーニーか? よぉ中国人、エジプトへようこそ。ニーハオニーハオジャッキーシェーン!」とか、意味不明にまくし立ててストーキング開始です。
 「いつも自分らそう言うてるやん? 今うちは貴方様方の国にいるんだから、あんたらのやり方と一緒にしなきゃいけないやんね、中国人。アラブのホスピタリティやんね! 最高やね! 何で黙ってんねん。何か言ってみろ。クソ中国に帰れ嘘つきが、無神論者が、お前は地獄に落ちる!」とか、まんま狂人な台詞をまくし立てると、さっきまであんなに元気だった若者が、目を伏せてひたすら避けようとして、めちゃくちゃ面白いです。
 ああいう連中は、相手が黙っているからキャーキャー言うだけで、日本の男の百倍ファンタジーに守ってもらわないと口もきけないのです。だからその夢をずたずたに引き裂いて、中国の女は頭がおかしいということを見せ付ければ、何もできなくなります。
 それにしても、こういう時の台詞だけは、我ながら機関銃のように操れるようになりました。まぁ、使用頻度高いですからね・・・。

 念のためですが、わたしは中国人は別に嫌いではありません(というか、エジプトに来て以前よりずっと好きになった)。中国人と東アジアの女をナメてかかっているエジプトのバカどもが嫌いなだけです。
 奴らはムスリマではない外人、特に東アジアの女なんて動物としか思っていませんし、放置すればどんどん調子に乗るだけですから、楽しんで苛めてあげましょう(マトモなエジプト人はこんな真似はもちろんしないですが、そういう人は道でブラブラしていたりしない)。

 木曜日。
 1月7日はコプトのクリスマスで、エジプトは休日です。道もメトロもガラガラにすいていて最高です。
 新聞を読んだら、「今日は何の日」コーナーに天皇陛下が登場していました。

昭和天皇崩御の日
昭和天皇崩御の日 posted by (C)ほじょこ

 昭和天皇崩御の日です。内容は日本人なら皆知っていることなので省略。
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テーマ:エジプト - ジャンル:海外情報

  1. アラビア語の文章構造、中国を哂う者を中国と罵る|2010/01/10(日) 05:11:13|
  2. エジプト留学日記

ジェット・リーの好きなエジプト人と踊る

 「シーニー」には一日百回は会うのですっかり適応して完全無視なのですが、この間道を歩いていたら、走ってきた車が凄い勢いでブレーキかけて、ザザザーッ!と砂煙を上げながらスリップして停車すると同時に、テンパったオッサンが「シーニー!シーニー!シーニー!」と叫んだのにはちょっとウケました。
 轢かれないで良かったですが、この車が対向車線にでも突っ込んで死んでくれなかったのは残念です。
 「中国人に『中国人』と言おうとして爆死、しかも中国人じゃなかった」という素敵なエピソードで人生のフィナーレを飾って欲しかったです。


 毎日決まって通る道で、決まって色々わめいていて、決まって完全無視している、という人が何人かいます。
 最近アバーヤでいることが多いのですが、普通の洋服でいつも通る道を歩いていたら、この手の男の一人が「Where is the egptian style?」と言っていて、不覚にも吹きそうになりました。微妙にションボリとした声でした。
 次の日、またアバーヤで同じ場所を歩いたら、「Egyptian sytle!」と、今度は元気一杯でした。
 意外とイイヤツかもしれません。


 最近、メトロの改札のところで、豚インフルエンザの予防を呼びかける放送が流れています。
 この放送が、完璧にフスハーです。
 イウラーブもはっきり発音していて、جもj音で、全然エジプトらしくありません。エジプトのテレビのニュースより、明らかに古典的なフスハーです。
إن الوقاية خير من العلاج
 という時代がかったフレーズが耳に残っています。「まこと、予防は治療に勝る也」くらいの感じでしょうか。
 こういうのはエジプト人にどういう風に響くのか、F女史に尋ねてみたところ「ああいう放送は必ずフスハー」。もしアーンミーヤで流れていたらどんな気持ちがするか聞いてみたら、「すごく変」とのこと。

 フスハーとアーンミーヤ問題では、ここ十数年のスパンでもアーンミーヤの勢力が増しているようです。
 アーンミーヤで書かれる小説や詩も増えており、若い彼女が「少し前はすごく変なことだったのに」と言っているので、本当に短い期間での変化のようです。
 عاوزة أتجوزというアーンミーヤで書かれた小説が人気、と聞きました。「結婚したい」というタイトルですが、タイトル通り、結婚を巡るドタバタを描いたコメディーのようで、聞いた話では日本の情景ともあまり変わらないネタが扱われているようです。
 もうちょっとアーンミーヤが上達したら、挑戦してみたいですが、いかにもスラングの嵐で難関そうです。

 ただ、このネタについて色々な人に話を聞けば聞くほど、アーンミーヤとフスハーの「差」は、エジプト人にとっては大した壁ではないようです。
 外国人から見ると大変な壁なのですが、当人達にとってこれほど軽いものなら、アラビア語好きの外人がよく話題にする「エジプト語」問題やら記法統一なんてことが、あまり真剣に取り扱われないのも当然かもしれません。


 先日「アバーヤはイスラームではなくアラブに由来するものなので、ヒジャーブなしのアバーヤも稀にいる(多分キリスト教徒)」ということを書きましたが、ヒジャーブなしのアバーヤのおばちゃんを発見したので、こっそり後ろ姿を激写させて頂きました。

ヒジャーブなしアバーヤのおばちゃん
ヒジャーブなしアバーヤのおばちゃん posted by (C)ほじょこ

 ヒジャーブがどうとかいう以前に、肩パットがすごいです。
 肩からミサイルとか撃てそうです。


 アバーヤを買った店で、裾などを少し直してもらう。
 この店の女の子と仲良くなり、待っている間に一緒に踊ったりする。彼氏の愚痴など、ものすごい普通の話題を聞く。
 よくいるコロコロと丸っこいエジプト女子なのですが、明るくて人懐こく、「アクション映画が大好き!」とか語ります。ジェット・リーが好きみたいです。ちょっと蹴りを見せてあげたら、ウケてくれました。
 「中国人はゴキブリ食べるって本当!?」と聞くので「中国人じゃないから分からないけど、それはないんじゃないかなぁ。でも犬は食べるみたいだよ」と言ったら、びっくりしていました。わたしもびっくりするわな。
 カイロの服屋さんは、時々うなぎの寝床みたいな妙に奥まった店があるので、「変な作りだなぁ」と思っていたのですが、奥の空間で女性が遠慮なく試着を楽しむためのものでした。ヒジャーブもなしで楽しくやっています。
 この時、お母さんと買い物に来ている女の子がいたのですが、この子が「武装解除」すると、ものすごいスタイルの良い美人さんで「こりゃ布くらい被せておかないと男が寄ってきて仕方ないだろうなー」と見とれてしまいました。
 逆に言うと、ブサイクだったらヒジャーブなんて要らないじゃないですか(笑)。
 日本人なんて、全員ヒジャーブ要らないですよ。放っておいてくれ!
 ちなみに、超絶美人さんのお母さんの方は、普通の象型エジプト人でした。歳月って恐ろしいですね・・・わたしも頑張らないと・・・。

タハリール広場を俯瞰
タハリール広場を俯瞰 posted by (C)ほじょこ
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テーマ:エジプト - ジャンル:海外情報

  1. ジェット・リーの好きなエジプト人と踊る|2009/11/11(水) 06:15:46|
  2. エジプト留学日記

エジプトの中国、帝鬼蔓汚荒強車

 先日F先生に「中国人は結構喋るし自己主張する」と聞いて以来、わたしの中での中国イメージが少し良くなりました。
 もう毎日毎日シーニーシーニーシーニー言われ続け、今ではすっかり麻痺して「もしかすると日本人だと思っているのはわたしだけで、実は本当に中国人なんじゃないか」というくらい脳みそ溶けてしまったのですが、どうも中国の女はアグレッシブで個人的なキャラにも近いらしいので、これからは「他人を信じる心」を大切にして、妄想を捨て、「自分は中国人なんだ」という現実を受け入れることにします。

 それはともかく、エジプトでも本当に中国製品が多いです。
 「中国人はエジプトに来てもお土産を買わない、なぜならみんな中国製だからだ」というジョークを前にご紹介しましたが、お土産品もかなりの率でメイドインチャイナです。「メイドインチャイナ」とアラビア語で書かれたタグの部分を切って売っていることも多いです。同じ商品でタグがある状態とない状態の両方を見たこともあるし、土産物屋自ら「タグ切っちゃえばわからないよ」とアドバイスしてくれたので、間違いありません。純エジプト産なのはエジプト人だけじゃないかと思うくらいです。

 最近見かけたチャイニーズなものをご紹介してみます。

Hiroshima MOH-888 Digital Satellite Receiver
Hiroshima MOH-888 Digital Satellite Receiver posted by (C)ほじょこ

 衛星放送チューナー。「ヒロシマ」というブランド名ですが、中国製です。
 エジプトでは衛星放送のニーズが非常に大きく、テレビとチューナーは結婚時に必ず用意しなければならないものの一つらしいです。
 また、割と有名な話ですが、ヒロシマ・ナガサキのエジプト(アラブ圏全般)での知名度も非常に高いです。一般のエジプト人が知っている日本の地名は、東京、大阪とあとはこの二都市だけ、というのが一般的でしょう。下手をすると東京より有名です。
 これはもちろん、原爆投下のエピソードを反米感情と結びつけて喧伝してきた経緯があるからで、あのウサーマ・ビン=ラーディンも「米国は日本が降伏しているのに原爆を投下した」と誤情報を元に演説していました。
 「日本人はよく戦った」と褒めてくれのは嬉しいのですが、彼らのヒロシマ・ナガサキイメージは、明らかに誇張・歪曲されていて、しかも容易に解除できないくらい深く刷り込まれています。
 今までに複数の人から「日本人の顔がみんな同じような顔なのは、原爆の後遺症だ」というトンデモ説を聞かされ、笑いながら「そんなわけないやろっ」とツッコんだのですが、彼らは大真面目で、当の日本人の話も信じず、「いや、俺はそれでもこの説が正しいと思う」と自説を曲げてくれませんでした(この手のアラブにおけるトンデモ学説については池内恵さんの『現代アラブの社会思想―終末論とイスラーム主義』という本が詳しいです)。
 複数の人が主張している、ということは、エジプトで人気のトンデモ学説の一つで、どこかのインチキ作家だかアジテーターだかが、高々と喧伝してくれているのでしょう。

 この中国製品は、アラブにおけるヒロシマの知名度と日本製品のイメージの良さを巧みに利用したブランド戦略を打ち出しています。
 日本も負けずにナガサキブランドでも作って、「本家本元原爆チューナー」とか言って売り込んで欲しいです。

 ちなみに「日本人・韓国人・中国人は見分けがつかない」「日本人はみんな同じ顔」というのは、エジプトに限らず海外でよく聞く話ですが、全員キャラ立ちすぎなエジプト人の間で暮らしていると「確かにそう思うやろな」と納得してしまいます。
 日本人と韓国人は、当の日本人のわたしでも間違えることがあるし、確かに日本人は顔も行動様式も異様に統一されています。
 それに対し、エジプト人は、肌の色から顔形から性格に至るまで、非常にバラエティが富んでいます。日本では人の名前を覚えるのが超苦手だった社会不適応者のわたしでも、エジプト人の顔と名前は一発で覚えられます。
 こんなキャラの濃い世界に住んでいれば、「日本人は原爆のせいでみんな同じ形になってしまった」と言われても信じてしまう気がします。
 日本人の軍隊のような統一行動様式は、わたしも気持ち悪いと思うし、本当に原爆で壊れちゃったんじゃないでしょうか。いや、壊れたのはわたしの脳みそですかね・・・あははは・・・。

 さらに余談ですが、このキャラの弾け具合を見ると、予定とか秩序に従った行動がまるでうまくいかないのも、合点がいきます。みんな好き勝手に我が道を歩んでいるので、統一ルールとか、もう全然無理です。「出たとこ勝負」で行き当たりバッタリに行くのが、結果的に一番合理的です。これは本当に不思議なほど上手く行くもので、事前に予定を立てていると常に頓挫しますが、何も考えていないと、その場に居合わせたエジプト人がいつも助けてくれます。
 以前にS先生に「エジプトには交通の秩序がない」と言ったら、「いや、違う。エジプトには交通がない」と返されたことがあります(笑)。
 アラブ圏には、独裁的政権が数多く残りますが、この文化では独裁の方が上手く行くのではないでしょうか。変に民主化なんかしたら収集つかなくなるだけですし、国家権力がものすごい強権発動しても、アラブ人は必ず巧みに網をかいくぐっていきますから、差し引きゼロで今が丁度なんじゃないか、という気もします。

中国製の醤油
中国製の醤油 posted by (C)ほじょこ

 中国製のお醤油です。
 ザマーレクやマアーディなどのお大臣地区に行けば日本食品も手に入る、と知っていたのですが、ほとんど外人のいないわたしの居住エリアのスーパーでも、ソイソースが売られていました。
 試しに買ってみたのですが・・・・不味い!!!!
 いやもうほんと、尋常ではなく不味いです。
 日本向けの製品ではないですから、別に日本人の好みに合っている必要はないでしょう。醤油は東アジア文化圏全般で色々なタイプのものがありますから、中国っぽいお醤油でもアリだと思います。
 でもこのお醤油の不味さは、中国風とか日本風とかいう問題ではありません。中国人だって絶対不味いと思うはずです。
 風味の問題ではなく、明らかに薬臭いのです。
 「ちょっとケミカル」なんてレベルではなく、数滴垂らしただけでも「死ぬんじゃないか」というくらい薬の匂いがします。
 一体どうやったらこんな気持ち悪い調味料を作れるのか、不思議で仕方ありません。
 使った翌日、例によってお腹を壊しましたが、これについては他にもリスク要因が多すぎるので、お醤油のせいなのかどうかは分かりません。

中国語?の書かれたエジプトのヤンキーっぽい韓国製自動車
中国語?の書かれたエジプトのヤンキーっぽい韓国製自動車 posted by (C)ほじょこ

 中国語っぽい文字の書かれた自動車。
 簡体字ではないので、台湾系なのか、まったく意味がない「エジプシャン・チャイニーズ」なのかはわかりません。もしかすると、そのまんま日本の暴走族ステッカーなのかもしれません。
 何となく意気込みだけは伝わってきます。ヤンキーのノリは万国共通です。
 というか、人類の九割はヤンキーですし、エジプトの気風というのは、要するに田舎のヤンキーと下町人情を煮詰めて煮詰めて焦げ付かせたベタベタの任侠・演歌ノリなので、基本的に若者は全員ヤンキーです。オタクは絶対この街では生存できないし、成人する前にトゥクトゥクとかタクシーに轢かれて全員死んでいると思います。

 ヤンキーエジプト人に負けないよう、喧嘩上等、帝鬼蔓汚荒強車!の精神で気合入れていきます。
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  1. エジプトの中国、帝鬼蔓汚荒強車|2009/10/19(月) 04:03:45|
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マルカズ・タラアト・ハルブ、中国人はなぜエジプトでお土産を買わないのか

 空いた時間は、ウストゥルバラド(ダウンタウン)でブラブラしたりカフェで新聞を読んでいることが多いです。最近になって、タラアト・ハルブ広場からちょっと北に上ったところに、マルカズ・タラアト・ハルブというショッピングモールがあるのに気づきました。こんな街のど真ん中なのに、今まで認識していませんでした。100円ショップならぬ2.5ポンドショップもあります。

マルカズ・タラアト・ハルブ
マルカズ・タラアト・ハルブ posted by (C)ほじょこ

マルカズ・タラアト・ハルブの中
マルカズ・タラアト・ハルブの中 posted by (C)ほじょこ

マルカズ・タラアト・ハルブの2.5ポンドショップ
マルカズ・タラアト・ハルブの2.5ポンドショップ posted by (C)ほじょこ

 カルフールのように広々とキレイなところではありませんが、同じくダウンタウンにあるラムスィース・ヒルトンのショッピングモールよりは、いくらか明るくて活気があります。ラムスィース・ヒルトンのショッピングモールは、天井が低くて何か陰気で好きになれません。
 まぁ、どっちのモールも、この辺の町を歩いていれば普通に売っているものが置いてあるだけなので、特段注目するところもないかもしれませんが・・。

 このマルカズの写真を撮っていたら、手前に映っている若者たちが「写真を撮って」と言ってきました。ホイホイ撮ると、一番小さい、多分十二歳くらいの子が「ジンシーヤ?」と聞いてきます。最初はجنسية(ジンスィーヤ、国籍)のことだと思って「ヤーバーン」とか答えたのですが、よく聞くとjeans wearのことで、近くのジーンズ屋の子でした。この年齢で客引きを想定していなかったので、何かと思いました。考えてみれば、جنسيةは彼らならギンスィーヤと発音するはずですよね。

 タラアト・ハルブ通りのタラアト・ハルブ広場より北あたりは、アイスクリームを売っている菓子パン屋(とわたしは呼んでいますが、カイロ経験のある方なら「あれだ」とわかるはず)が沢山あります。大抵のところはバニラ、チョコ、マンゴーと、何か赤いの(カルカデ?)の四種類なのですが、このマルカズのちょっと北の西側にある店は、3.5ポンドと普通の店より半ポンド高いですが、種類が豊富で美味しいです。
 超ローカルネタですいません。

 半ポンドと言って思い出しましたが、この「半分」とか「3/4」とかいう表現は、日常会話で非常に重要です。
 フスハーの数詞は複雑怪奇極まりないことで知られていますが、エジプト方言では数詞の文法がグッと簡略化されていて、ドイツ語のように最後にクルッと入れ替わる以外は、特に難しいところはありません。
 でも、彼らは「分数」で表現することが非常に多く、例えば「75ピアストル」を、このように数字で言うことはまずなくて、大抵は「3/4」と言います。この言い方が最初の頃パッと頭に入ってこなくて、よく聞き返しました。

 また話が飛びますが、カイロの街をブラブラしていると、靴屋が異様に多いのに気づきます。
 他に日本に比べて「多い!」と感じるのは、修理屋・パーツ屋の類と、家具屋ですが、靴屋も服屋の数に比べて相対的に多すぎます。
 ムスリマの女性は、外を歩く時はできる服装に制限があるので、服のバリエーションが少ない可能性もありますが、彼女たちも女だけの場ではお洒落全開だし、長衣の下に派手派手セクシーな洋服を着ていることもよくあります。カイロの街を歩くには靴選びが非常に重要、というのは日々実感していますが、それにしても靴屋が多すぎます。わたしが足元のお洒落に無頓着で、靴の価値を低く見積もりすぎているのでしょうか。
 ちなみに、靴の修理屋さんもアチコチにあって、サンダルがしょっちゅう壊れるので、近所の靴修理屋さんには何度もお世話になっています。2ポンドで素早く仕事してくれて、とても頼りになります。

 今日この辺りを歩いていて、よくあるパピルスなどの土産物屋につかまりました。他の店より安かったのですが、そもそもこういう古代エジプト系のお土産品に興味がないので、「ふーん」とか適当に流します。
 飽きてきたので「わたしはこういうフィルアウニーなものには興味がない。イスラーミーなものはないのか」と尋ねてみたら、パピルスにクルアーンのスーラを書いたものを出してきました。
 この組み合わせは自分の趣向に合致しかつエジプトらしいので、「面白いかも」と思って眺めていたのですが、どうも筆致がチャチなものが多く、決め手に欠けました。

 帰国する時は人並みにお土産を買っていきたいのですが、正直、ちっとも良さそうなものがありません。他人にあげるものなので、自分が好きなものでなくても構わないのかもしれませんが、変なピラミッドの置物なんか貰っても困るだろうし、香水瓶もシーシャも普通使わないでしょう。今まで眺めていた中で、唯一グッときたのは刃を潰した短剣で、ものにより鞘に収める時の「カキッ」という感触がリボルバーの拳銃をデコックする時に似ていて非常に気持ちよかったのですが、これはわたし個人の変態フェチ趣味によるものなので、普通は貰っても嬉しくないと思います。
 そもそも、土産物には中国製のパチモンが非常に多いです。「中国人がエジプトに来てもお土産を買わない、なぜならみんな中国製だからだ」というジョークがあるくらいです。アラビア語で「中国製」と書いたラクダのぬいぐるみでも買っていって「実はここに中国製って書いてあるのよ~」というのもネタ的に面白いかもしれませんが・・・。とにかく、観光立国の国なのに、土産物がチャチに見えてなりません。皆さん何を買っていかれるのでしょうか。
 挨拶周り用にはエジプトのお菓子は良いかな、と思っているのですが、残る物系では、両親とダーリンのためのクルアーンのムスハフくらいしか納得できるものを買っていません。こんなものは、普通に貰ってもちっとも嬉しくないだろうし、わたしも普通の人にはあげたくないので、もうちょっと潰しの利くのお土産候補を模索したいです。
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