スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
にほんブログ村 海外生活ブログ エジプト情報へ
人気ブログランキングへ
  1. スポンサーサイト|--/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

二カーブとマスクと大学試験

ニカーブとマスク
ニカーブとマスク posted by (C)ほじょこ

ニカーブ女性、医療用マスク着用で試験禁止決定をかわす
試験官たちは「止むを得ず行ったことに罪はない」と雰囲気を和らげようとする

 昨日の試験初日、ニカーブをしたカイロ大学の学生には、高等委員会による決定をかわす方法が一つしかなかった。顔の前の「ブルカ」を医療用マスクに変える、というものだ。この決定は、大学での試験へのニカーブでの入場を禁止するもので、大学責任者たちは、試験官に対し、ニカーブ女性の入場を許さないよう、厳しく注意している。
 一方、科学学部長ムハンマド・サーリフ博士は、決定の遂行を確実なものとするために、個人的に試験会場を回る意欲を示し、実際何人かの女子学生に試験会場への入場を禁じた。
 サーリフは試験官に対し、ニカーブを脱ぐことを拒んだ学生に質疑応答を許さないよう注意し、一方で顔のほとんどを覆う医療用マスクの着用を許可し、ほとんどの学生が応じた。何人かの女子学生は、ニカーブの顔の部分をあげるだけで、試験会場入場禁止決定をかわそうとしたが、学長は拒否した。「ニカーブの一部でも顔に着用する女子学生は、答案用紙を回収する。学生の行いは不正とみなされる」。
 試験官たちは、試験会場を覆っている厳しい状況を、「必要は禁止を許す」「止むを得ず行ったことに罪はない」といった言葉で和らげようと試みた。何人かの女子学生は会場から退出させられ、泣いていた。
スポンサーサイト
にほんブログ村 海外生活ブログ エジプト情報へ
人気ブログランキングへ
エジプト  ニカーブ  大学  試験  新聞 

テーマ:エジプト - ジャンル:海外情報

  1. 二カーブとマスクと大学試験|2010/01/11(月) 06:59:20|
  2. 新聞・メディア

ニカーブの治安上の問題、ファルドとスンナ、地味なエジプト人

 土曜日。
 M女史の授業で、ニカーブの治安上の問題が話題になる。
 ニカーブを着る着ないは自由ですし、いかなる宗教的権威、あるいは政府といえども、これを完全禁止するのは不可能でしょうが、学校や病院など、特定の場所では既に禁止されています。看護婦がニカーブをしていて、万が一顔を隠した悪意をもった者が入り込んだら、とんでもないことになるからです。
 以前に男性がニカーブを被って大学の女子寮に侵入した事件がありましたが、これについて詳しい顛末を聞くことができました。侵入した男性は十五名で、わたしはてっきりバカな男が良からぬ目的で潜り込んだと思っていたのですが(今でも公式にはそうなっているはず)、M女史の見解では、おそらく内部の女性の手引きがあったのだろう、とのこと。いかにニカーブを被っていても、ゾロゾロでかい女が女子寮に入っていたら、人目を引き過ぎます。本物の女子学生が、二カーブ同士で彼らを手引きした可能性が高いらしいです。
 要するにバカ女子学生が共謀して男を連れ込んでいたらしい、ということで、呆れてものも言えないです。

 「男性がニカーブを被って悪さを働く」というのは、現実にあるようで、彼女はトラムやメトロの中で、明らかに男性と思しきニカーブ着用者を何度も見たことがあるそうです。「手や目が明らかに男性だし、絶対変だと思った」。
 また、彼女が友人女性とトラムに乗っていた時、そういう「怪しい人」がそばにいて、降りた後に友人のバックがナイフで切り裂かれ、中のものが盗まれていた、ということがあったそうです。

 ニカーブについては、エジプト国内でも意見が分かれていることは何度も書きましたが、このような事例が度重なれば、反ニカーブの動きが強まるのも無理もありません。もちろん、悪いのはニカーブではなく、それを悪用する一部の男性(や一部の女性)なわけですが、そうは言ってもニカーブ着用者向けに検問を実施するわけにもいかず、現実問題としては、「ニカーブ禁止区域」を広げていく、という対応になるのではないでしょうか。

 ニカーブをفرض(ファルド、義務)だと言う人がいますが、エジプトで主流派の意見はسنة(スンナ、預言者様صの時代の慣習)であって、ファルドではない、というものです。わたし個人としてもそう感じますし、M女史によれば、クルアーンには

اضرب بخمورهن على جيوبهن

 「ヒマールを胸の上のかけよ」とあるだけで、ニカーブもしくはニカーブを意味する着衣がファルドである、という記述はどこにもありません。
 خمارヒマールというのは、赤頭巾ちゃんの頭巾のような形のもので、髪を覆うと共に胸の辺りまで一枚の布をすっぽり被せるものです。髪や首筋、胸のラインは隠されますが、顔は全部見えています。ヒジャーブ+アルファくらいの隠蔽グッズです。
 ちなみに、これを被るとラインが超なで肩になって、動物っぽくて超可愛いです(笑)。カタカナで書くと「ロバ」のヒマールと一緒になってしまいますが、実際は発音が違います。どっちも可愛い、という予期せぬ共通点がありますが。
 預言者様صの妻たちがニカーブをしていたと言われていますが、一般ムスリマには適用されず、かつこの時代はムスリムは敵に取り囲まれていて、顔を晒すことに危険があったのです。その為の特例措置として預言者様صの妻だけに行われていたことが、拡大解釈されている、というのが公平な見方ではないでしょうか。

 加えて、現代エジプトの実際のニカーブ女性には、単なる「流行」として着用している人が少なくなく、ニカーブはしているものの、ジャラジャラと宝飾品をつけド派手なアイメイクをしている女性もいます。これでは「スンナに従う」どころか、普通のヒジャーブの女性よりも非イスラーム的で、まともなムスリマには眉をひそめられています。
 更に、時々小学生くらいの女の子にニカーブを着せているケースがあり、これはイスラーム的にもマイナス評価されることです。クルアーンや礼拝の仕方を学び始めるのも小学生時分で、この時はまだヒジャーブもしません。断食だって、子供には義務がなく、最初は「お昼まで断食ね」と練習から始め、徐々に慣らしていくのです。ヒジャーブを始めるのは十二歳か十四歳くらいからで、言わば「大人への一歩」として髪を隠すのです。それ以下の子供は「男女以前」として扱われるのがイスラーム社会であって、そんな子供にニカーブまでさせる、というのは、イスラームの曲解としか言いようがありません。

 ファルドは文字通り義務ですが、スンナというのは、預言者様صもしくはその周囲の方々の慣習のことで、義務ではありませんが「お手本に従う」という意味で良しとされるものです。
 ですが、あくまで彼らの行いを真似しているだけであって、神様から課された義務ではありません。
 有名なところでは顎鬚を伸ばす、というのがありますが、これは預言者様صが顎鬚を伸ばしていたから真似しているだけであって、ヒゲそのものはイスラーム的に何の意味もありません。おそらく預言者様صだって、何かの必要があれば剃っていたでしょう。伸ばすのは勝手ですが、伸ばさなかったからといって、何ら落ち度のあるものではありません。
 ちなみに、現代エジプトにおける顎鬚は「イスラーム主義者」の象徴のようにとらえられているところがあって、下手に顎鬚を伸ばしていると、当局に睨まれるキッカケになることもあるようです。
 F女史の兄弟が顎鬚を伸ばしていて、かつ学生時代に学生団体(イスラーム主義団体ではない)に所属していたらしいのですが、それが理由か、ある日の早朝、突然公安が家に押しかけ、連行されそうになったことがあったそうです。
 母親が必死で泣いて頼んで、何とか難を逃れたらしいですが、エジプトで「ちょっと署まで」と連れて行かれると二度と帰って来ない、ということが珍しくないので、母親が泣くのも小芝居ではないでしょう。笑い事じゃありません。

 N女史の授業。
 動物好きにはたまらないアーヤ(クルアーンの一節)を教えてもらう。

ما من دابة على الأرض إلا وعلى الله رزقها

 「地上のどんな獣にも、アッラーの恵みがある」。
 この解説の時にN女史が描いた絵が超可愛かったです。

すべての獣に恵みがある
すべての獣に恵みがある posted by (C)ほじょこ

 「蛇がお腹すいていると小鳥とかねずみとかがいて食べられるよ」の意です。小鳥には小鳥の餌があるのよね。省略してるだけだよね。うん、きっとそうだ。

 授業後、二日連続Nちゃんの家に遊びに行く。
 昨日渡そうと思っていた日本の五円玉(御縁とかけてお守りにw)を渡し忘れたので、そんなしょうもない用件でお邪魔してしまいました。
 最初はしんどかった彼女の家への通りも、すっかり平穏に通れるようになりました。何度か通って場慣れしたこともありますが、わたしが彼女の友達だ、ということが早くも認知されている空気があります。
 流石に地域住民全員が知っているということはあり得ませんが、彼らの会話を耳ダンボで盗み聞きしていると、中国人でも韓国人でもなく日本人と言っていて、「どこそこの娘の友達」といった言葉が拾えます。
 彼女のアパートのエレベータで、住人の男性と一緒になったのですが、「何階?」と聞かれて「五階」と応えたところ、「あぁ、あの日本語勉強している娘の友達か」と合点されてしまいました。
 彼らはとにかくご近所ネットワークが尋常ではなく密なので、「怪しい輩」にはすぐ絡んできますが、一端ネットワークの一部に繋がると、意外なほど普通な扱いをして貰えるようになります。
 エジプト人と結婚している日本人女性には、わたしなどには想像もつかない苦労があることでしょうが、一方で「地域に組み込まれることで得られる安定」というメリットはあるはずで、もしかすると一人暮らしのわたしが以前受けていたような冷やかしは、逆にあまりないのかもしれません。

 前日にドライヤーやらマニキュア除光液やら、荷物になるので処分したいものを色々押し付けてきたら、ガラベーヤや礼拝用の絨毯をプレゼントしてもらってしまい、恐縮至極。もうスーツケースがパンパンです。
 彼女とは、ちょっと話しているとイスラームの話題になってしまうのですが、わたしが「明日しかもう時間がないし、勢いでアズハルでシャハーダしてこようか」とか悩んでいたら「別に今度来た時でもいい。日本よりはエジプトでシャハーダする方が簡単で良いと思う。そもそも、シャハーダして証明書を貰うのは、国との関係など手続き上のものだし、一番大事なことじゃない。それでもムスリムだ」と言います。
 「わたしは正式なシャハーダをしていないけれど、少なくともمؤمنة(ムウミナ、神様を信じている人)だ。でも、わたしが『宗教は何ですか』と尋ねられて『イスラームだ』と答えたら、それは嘘になるんじゃないか」
 と尋ねたところ、
 「全然嘘じゃない。問題ない」
 と言います。
 一介の女子大生の意見なので、別に何の権威もありませんが、何だかものすごい気持ちが楽になりました。本当に、肩の力がスーッと抜けました。
 冗談で「ノッス・ムスリマ(半分ムスリマ)だね」と言ったら「ノッスじゃない。カーミラ(完全)だ」と言います。
 カーミラには程遠いですし、遠からずシャハーダはするつもりですが、極めて私的な事情でちょっと問題もあるので、それまでは心がけだけでもムスリマをやっておきます。エジプトでならともかく、日本で宗教を尋ねられることはまずないでしょうが、尋ねられたらちょっとビビりながら「イスラームです」と答えることにします。
 ヒジャーブはね・・悩んでいるんですよね。まぁ、焦って被らないようにはしておきます。
 以前日本でお会いした日本人ムスリマも、会った時はヒジャーブをしていましたが、「さすがにこれで会社に行く度胸はない」と言っていて、普段はヒジャーブなしで生活しているそうです。まぁ、とりあえず最初はそんな感じで、ムスリマの末席のそのまた下の鞄持ちくらいで地味にやっていきたいです。

 わたしは品行方正な人間には程遠いし、自分勝手で荒っぽいことでは右に出る者もいないような鉄砲玉ですが、スーラ(クルアーンの章)を読む度に感じる素晴らしい平安は、他で得ることのできないものですし、常に神様を身近に感じます。やっぱりコレと、離れて暮らすことはできない。
 信仰がすべてではないけれど、すべてが信仰に関係している。

 彼女は日本語の読解力はかなりあるのに、会話が上達しないで悩んでいます。また、日本人と友達になりたいのに、なかなか友達ができないのも辛いらしいです。
 まだ学生なので本格的に働くのは難しいですが、「日本語を使う仕事をした方がいいよ。カイロなら観光関係とか、日本企業の秘書とか、色々あると思うよ」と言うと、観光関係は気が進まず、翻訳などをやりたいようです。
 「翻訳はお金にならないよ。第一、会話力が付かないやん」と言うと、
 「でも、日本語以前に、人と話すのが苦手だから・・」と、実も蓋もないことを言い出します。
 「いやいやいや、それじゃあいつまで経っても会話が上手くならないよ! Don't be shy!」と励ましましたが、これでは普通の日本人・エジプト人関係と逆です。普通は、底抜けにオープンマインドで誰とでも話すエジプト人が、「日本人は何でそんなにシャイなんだ!?」と突っかかるのです。
 先日紹介したK氏とも、会話の間が持たないのが気になって仕方ないらしく、本当に日本人みたいな性格です。「面と向かうと喋りにくいものだから、一緒に本を読むとか映画を見るとか、共通の対象を作ると会話しやすいよ」とか、恋愛アドバイスみたいな話になってしまいます。世話が妬けるなこの小娘はっ!
 まぁ確かに、エジプトの男性はすべてにおいてリードしてくれるので、彼のような礼儀正しい普通の日本人男性が相手だと、何をして良いやらわからなくなってしまう、というのも理解できないでもありません。「でも日本人は普通あんな感じだし、わたしみたいなのは『悪い日本人』だ。Nちゃんは日本好きなんだから、男の人が相手でも積極的に喋って大丈夫だし、喋った方がいい」。
 「人と話すのが苦手」というなら、わたしも決して社交的な人間ではないつもりなのですが、少なくともエジプトでの振舞いは、かなり「異常な日本人」です。もう数え切れないくらいの人に「お前は日本人のクセに、何でそんなに喋って、分かりやすいんだ?」と言われました。単にバカと言いたいのかもしれません。まぁバカですが。
 「Nちゃんは本当に日本人みたいだね。日本人が間違いを恐れて英語を喋れないみたいだ。細かいことは気にしないで、まずはガンガン喋るんだよ! 言いたいことが一杯あるでしょ? ない? あるはずだよ! ある! だから無理にでも何か喋んなきゃダメ!」と、エジプト人相手とは思えないようなアドバイスをまくし立てます。
 まぁ確かに、彼女が饒舌になるのは日本への愛とイスラームを語る時だけなので、トーク上手とは言えません。対日本人なら、これくらい控えめな方が好印象かもしれませんが、エジプト社会ではさぞ息苦しいことでしょう。実際、全然話題が合わないし、いつも「何で黙ってるの? 機嫌が悪いの?」と突っ込まれ、辛い思いをしているそうです。日本の芸能人とか、わたしより詳しいのに、エジプトの流行には全然付いていってないですから、わたしと逆です。
 「本当に話の通じる相手は、○○さん(わたしのこと)みたいな『変な日本人』か、ネット上の人だけだ。学校の友達とかは、世界が違う」と、「アンタは日本の引きこもりかっ」とツッコみたくなるような地味っぷりです。

 外人がエジプトの男性と会話するのはまったく難しくなく、むしろひたすら鬱陶しいくらいですが、女性と話す機会はあまりありません。まして男性なら、エジプト人女性と友達になるのは至難の業と言って良いでしょう。
 それだけ「日本人にとってのエジプト女性」というのは、レアで価値のあるものなのですから、「口を利いてやってるのよ」くらいの勢いで、自信をもって喋って欲しいです。
にほんブログ村 海外生活ブログ エジプト情報へ
人気ブログランキングへ
エジプト  留学  ニカーブ  イスラーム  治安  ファルド  スンナ    日本  日本人 

テーマ:エジプト - ジャンル:海外情報

  1. ニカーブの治安上の問題、ファルドとスンナ、地味なエジプト人|2010/01/10(日) 15:06:34|
  2. エジプト留学日記

ニカーブ女性との結婚 誰も顔を見ていない人と人生を共にできますか?

 ニカーブに関して、非常に面白い記事がありました。ニカーブ女性との結婚について、色々な立場の男性の意見を取り上げたものです。主に未婚男性のものですが、実際に奥様がニカーブを着用されている方の意見も収められています。
 「ニカーブって何?」という方は、以下の関連記事などをご参照下さい。現在のエジプトにおけるニカーブの位置付けについても、簡単に触れてあります。

二カーブ禁止撤回、ニカーブ支持者の理屈
タンターウィ発言の問題は、ニカーブの是非でもイスラーム主義の是非でもない

二カーブ女性との結婚
二カーブ女性との結婚 posted by (C)ほじょこ

ニカーブ女性との結婚 誰も顔を見ていない人と人生を共にできますか?

 「彼女が外に出た時は、何も心配しない。二カーブ女性は、他のどんな女性より、家の中では見た目に気を使うんだ」。ムハンマド・マフフーズ(コンピュータ技師)は、このようにニカーブ女性との結婚への情熱を語る。ユスラー・イル=アミール(番組プロデューサ)はこの意見に同意するが、ニカーブ女性との結婚は人生の夢だ、と表現する。なぜなら、彼の考えでは、ニカーブは敬虔さと恥じらいの象徴であるからだ。彼は、この衣装を、その生活の中での誤りを隠すために着用する女性がいることを認めるが、それが一般的だ、ということは認めない。この言葉が当てはまるのは、10%にも満たないからだ。
 ハサン・イル=バーシャー(アフワーギー(訳注:マクハーの労働者))は、この考えに激しく反対する。「わたしはニカーブ女性は好きじゃない。というのも、わたしは大衆的な地区に住んでいるのだけれど、多くの二カーブ女性が、この衣装を、隠れて悪い噂になるようなことをするのに使っているのを見てきたからだ。キチンとしたニカーブ女性はいるが、敬虔な人とそうでない人を区別するのは、わたしには難しい。だから、彼女たちに対応するのも好きじゃない」。
 順番が回ってくると、バハーゥ・アワド(ジャーナリスト)は、ニカーブ女性との結婚を否定する。なぜなら、彼の意見では、ニカーブは宗教の行き過ぎだからだ。彼は言う。「わたしは、自分の子供を宗教過激派が育てるのは受け入れ難い。ほとんどのニカーブ女性の動機は、路上での嫌がらせを避けるためで、別に敬虔ではない。証拠に、彼女たちは婚約パーティーに出る時はニカーブを脱ぐ。しかし、わたしの好きな女性が、結婚後にニカーブを選ぶというなら、わたしは確実に同意する。なぜなら、これは彼女の自由な選択だからだ」。
 バハーゥが拒んだからといって、ニカーブ大賛成の人々の情熱を止めることはできないようだ。ムハンマド・サービル(技師)は、未来の花嫁の条件に、ニカーブの「義務」を果たしていることをあげる。「主の義務を受け入れない女性との結婚など想像もできない。また、わたしは、誰であれわたしの妻の顔を見られるのは好きじゃない。わたしは嫉妬深い男だからだ。今の女性にニカーブを流行として着用している人がいるのは、悲しい」。
 イッザトゥ・マフムード(教師)は、我々の東洋社会には、妻が守らなければならない厳格な習慣と伝統があり、その中には夫を尊敬しその嫉妬を認める、というものがある、という。他の男に見られたがってはならないのだ。それゆえ、妻がニカーブを着用することは、自分自身と夫を尊重することなのだ、という。
 教育委員会数学部のヤーシル・クトゥブ博士は、ニカーブ女性との結婚に反対する。結婚する者は相手の性質を知らなければならないし、ニカーブではそれができないからだ。結婚前に顔を見ることができたとしても、他の人にどう接しているのか、判断することはできない。
 労働者の「ムハンマド」は、彼の妻のニカーブにより受けている辛さを、こう言って表す。「わたしの妻は、以前はヒジャーブをした慎み深い女性だった。ところが、突然、姉妹たちの慣習を真似てニカーブを着用し始めた。これにはとても窮屈な思いをしている。というのも、今では招待されたパーティーやクラブに一緒に行くことができないからだ。もし彼女が結婚前からニカーブをしていたなら、婚約を拒んでいただろう。今では彼女にニカーブを脱げとは言えない。言ったら大変な重荷を背負うことになるのでは、と恐ろしいのだ」。

 ご覧の通り、ニカーブに関しては実に意見が分かれています。イスラームに由来するものなのかどうか、イスラーム的だとしても義務なのかどうか、様々なレベルで多様な意見があり、「イスラーム復興」と一括りにはできないのが現状ですし、まして「イスラーム原理主義の伸張」などと解釈するのは妄言に近いです。

 少し本題から外れますが、記事中で自ら「嫉妬深い」と言う男性がいたり、「夫の嫉妬を認めるべき」という意見があるのは面白いです。
 イスラームというよりアラブの文化において、嫉妬とか羨望というのは非常に重要な位置を持っていて、羨望や邪視を巡る民間信仰が残っていたり、クルアーンにも羨望の恐ろしさについて触れる箇所があったりする一方、嫉妬を抱くこと自体は「悪」ではなく、むしろ他の男と話していても嫉妬もしないような男は評価されません。
 こうした傾向自体は、別段アラブに限ったことではなく、世の女性は世界中どこでもヤキモチ妬いてもらうのに小細工を弄するものかと思いますが(笑)、少なくともわたしたちに身近な文脈では、嫉妬自体は建前上はポジティヴに評価されず、かつ主題として前景化することも多くありません。
 イスラームの面白いところは、「嫉妬」といった素材を正面から扱い、「嫉妬するのは仕方ない、度が過ぎないように制御しよう」というところを、具体的な社会制度にまで突っ込んで扱っているところです。下世話というか、実も蓋もないというか、西洋のキリスト教なら「信仰の領野にふさわしくない」となかったことにされてしまいそうな素材が(聖俗分離的)、堂々と正面から取り上げられるわけです。
 イスラームとアラブを一緒にしてはいけませんが、イスラームのこうした要素は、多分に発祥時のアラブ文化の影響下に育ったのでしょうし、完全に切り離すこともできません。
 こうした性質と接していると、開けっ広げすぎて引いてしまう面もある一方、堅実極まりなく狂気や暴走の余地の少ない世界だ、と感じることが多いです。正確に言えば、汚いものでも外に放り出さずに中に取り込んでしまうので、最悪でも信仰の枠組みの下に「汚さ」を抑え込んでいる(逆に言えば信仰の場にも「汚さ」がある)、ということです。
にほんブログ村 海外生活ブログ エジプト情報へ
人気ブログランキングへ
エジプト  イスラーム  ニカーブ  男女  恋愛  結婚  新聞 

テーマ:エジプト - ジャンル:海外情報

  1. ニカーブ女性との結婚 誰も顔を見ていない人と人生を共にできますか?|2010/01/07(木) 02:57:17|
  2. 新聞・メディア

二カーブ禁止撤回、ニカーブ支持者の理屈

 大学での二カーブ禁止が覆されたことについてのカリカチュア。アーンミーヤです。

二カーブのカリカチュア
二カーブのカリカチュア posted by (C)ほじょこ

إبتسموا شوية علشان شكلكم يطلع حلو في الصورة
القضاء الإداري يلغى قرار منع النقاب في المدن الجامعة

ちょっと微笑んで、可愛く写真に写るでしょ!
「学生寮での二カーブ禁止決定が覆される」

 二カーブというのは、目以外スッポリ覆ってしまうもので、髪を覆うヒジャーブ(ヒガーブ)とは違います。「イスラーム的なもの」「いや、単なるアラブの習慣」と意見が分かれていて、ざっと見る限りムンタキビーン(二カーブ着用者)の比率は5%未満ですが、徐々に増えているようです(ヒジャーブについては99%くらい着用しているが、ほんの数十年前まではまちまちだったらしい)。
 イスラーム主義の伸張を恐れる政府としては、色々理由を付けてニカーブを締め出したいのですが、学生寮(学生街)でのニカーブ禁止が、市民と学生の反対にあって覆された、というニュースが、この漫画の元ネタです。
 ニカーブが実際上の問題を起こすこともある、というのは事実で、ニカーブを着用した男性が女子寮に侵入、という事件も実際にありました。これはニカーブのせいというよりアホな男が悪いだけですが、治安上の問題にもなり得る、というのは根も葉もないわけではありません(IDカードなどにはニカーブなしの写真が使用され、身元確認時には顔を見せる必要がある)。
 豚インフルエンザにかこつけて「衛生上の問題」で批判しようという向きもありますが、これは幾らなんでもこじつけでしょう。

 個人的には、ニカーブを「禁止」するような政府の方針には反対ですが、一方でニカーブがイスラーム本来のものなのかは疑わしいと考えています。
 F女史にこの話題をぶつけたところ、「ニカーブ支持者の反論」として、こういうものを教えて貰えました。

① ニカーブがイスラーム本来のものなのか(義務であるか)は、確かに判然としない。しかし、もし義務であり、かつニカーブをしていなかったら、審判の日に裁きを受けるだろう。一方、義務ではないのにニカーブをしていても、別に問題はない。だから、ニカーブを着用するのは一種の保険だ。
② ハッジ(マッカへの巡礼)の際には、ニカーブは許されない。神の前で顔を露にしなければならないからだ(これは明白な規定)。この特別な機会の際に顔を露にするということは、普段は隠しておけ、ということだ。

 どちらも根拠としては覚束ないですが、一応理屈としてはこういうものがあるようです。
 とりわけ、①の「保険」の姿勢には、危険が感じられます。「保険」などと言い始めたら、いくらでも保険をかけられるわけであって、ちょっとでも「こちらがマシ」な選択があったら、暗黙のうちに「この選択が絶対」な空気を作る地盤になり兼ねません。イスラームは本来、そんな堅苦しいものではないはずなのですが、「保険」の思想には変な空気の圧力を作り出してしまう弊害があるように見えます。

 F女史曰く「仕方ない理由があれば、義務であっても絶対ではない。砂漠の真ん中で豚以外食べ物がなく、豚を食べないと死ぬのであれば、豚を食べることでも許される」。
 個人の好悪とか政府の意向とか以前に、ニカーブをしていては、働ける職場がかなり限られます。百歩譲ってニカーブが「義務」であったとしても、当該女性が働かざるを得ない状況なら、ニカーブを着用しないことは罪ではないはずです。

 それ以前に、個人的にニカーブを好きになれない理由は、ニカーブが今や、着用していることで「貞淑さ」を演出する、一種の見栄のように使われているからです。
 女が服で見栄を張るのは洋の東西を問いませんから、それ自体が害毒と言いたいわけではありませんが、イスラーム的に褒められないことをイスラームにかこつけて行う、というのは、あまり好ましい行いとは思えません。
 それでも、暴走する方向が「こっち」というのは、欧米や日本の女性の方向に比べれば、ずっと好ましいと思いますけれどね・・・。

 ただ、ニカーブの是非とかヒジャーブの是非という以前に、注意しなければならないのは、外の世界から見て分かりやすいこうした「指標」というのは、当のイスラーム社会では、別段「絶対」ではない、ということです。
 サウジのように法的に縛ってしまっている場合は別ですが(ちなみに、こういうやり方には多くのエジプト人が反感を抱いている)、「ヒジャーブは義務である」と考えているムスリマが、ヒジャーブをしていないムスリマを見たからといって、馬鹿にしたり非難したりすることはないし、友達の場合もあります。ヒジャーブをしているとかしていないとかいうのは、人間を構成する無数の要素の一つに過ぎないし、そんな一点で全否定・全肯定するほど、彼らは単純ではありません。

 なんというか、一人の人間の中に、非常に頭の固い面と、緩やかな面が同居しているようなところがあり、なぜこの間の矛盾が破綻に至らないのか、不思議に感じることも少なくない程です。
 「教条主義的なイスラーム」というのはステレオタイプですが、かといって「実は緩い」というのはやっぱり嘘で、極普通のムスリムでも、結構ちゃんと頭は固いですよ(笑)。「固いか柔らかいか」ではなく、めちゃくちゃ融通の利かないことを言うくせに、三歩歩くと違うことをしている、という「結果としての緩さ」が同居していて、しかも誰もツッコまない、というのが面白いところです。

追記:
 ややこしいようなので、今一度整理します。

・ニカーブ:目以外すっぽり覆うもの。エジプトでは着用率5%未満。ほとんどは黒一色だが、エジプトでは紺色っぽいものもある。よく見るとデザインも豊富。「義務」と考える人と、そうでない人がいる。そもそもイスラームと関係ない、という人もいる(位置づけが怪しい)。
・ヒジャーブ(ヒガーブ):髪を覆うだけのもの。エジプトでは着用率99%。非常にカラフルでデザインも多様。ほとんどの人が「義務」と考えている(位置づけはかなり定着している)。

 チャドルとか、欧米で「スカーフ」と呼ばれているのもヒジャーブです。
 ヒジャーブは単に髪の毛を覆っているだけのものですから、そこ以外は普通の洋服です。肌を露出することさえありませんが(スカートも超ロングで夏でも長袖)、その一点以外は、エジプト人は日本人より遥かに派手です。ヒジャーブと洋服の色を合わせるのにも神経を使っていて、みんな何十枚もヒジャーブ持っているそうです。

 争点になっているのは「ニカーブ」であり、「ヒジャーブ」ではありません。
 ヒジャーブの重要性については、ほとんどすべてのムスリムが一致しているので、万が一政府がヒジャーブを規制しようとしたら、間違いなく暴動になります(笑)。
 エジプト政府は、過激なイスラーム主義の伸張を恐れてはいますが、ムスリムが大多数の国なわけで、政府だってそれなりにイスラーム的要素はあります。単に「行き過ぎる」のを警戒しているだけです。
 一方、サウジアラビアなどでは、「ニカーブ」が逆に法的に義務付けられていますが、こういう「宗教を法律で押し付ける」やり方には、エジプト人は反感を抱いています。
 ニカーブ支持派と言えど、別に「ニカーブを義務化せよ」とか思っているわけでは全然なく、単に「着たいヤツには着させてやれ」と言っているだけです。ニカーブ義務化したりしたら、これまた暴動が起きると思います(笑)。

 フランスの公共の場で禁止されて話題になったのは、「ヒジャーブ」の方です。というか、流石にフランスでニカーブをしようという人はいないでしょう(笑)。
 位置づけについてに合意がほぼ得られている「ヒジャーブ」だから、禁止が猛反対を受けたのであり、仮に「ニカーブ」が対象だったら、少なくともエジプト人なら「まぁそりゃ仕方ないんじゃね」くらいには受け止めたと思います。
 ヒジャーブだけなら、治安などの実際的問題は何もないはずですし、「髪を隠す」というのはムスリマにとってかなり重要な一線ですから、怒る人がいるのは当然です。
 もちろん、法律で禁止され止むを得ずヒジャーブを解いても、「罪」ではないはずですが、抵抗するムスリマの気持ちは非常によく理解できます。
 カリーマ・エルサムニー先生が良い例えをあげていましたが、例えば日本で、ミニスカートが義務化されたとしたら、発狂しそうになる女性がかなりいるはずです。慣れたらどうということはないかもしれませんが、服装とか「肌のここまでなら見せられる」というのは、長年染み付いた習慣であって、そう簡単に変えられるものではありません。ムスリマにヒジャーブを解けというのは、万年パンツの女に「明日からミニスカートで来い」というようなもので、わたしなら会社辞めます(笑)。
 今思いつきましたが、男性が「明日からミニスカートで来い」と言われるようなもの、と言ったら、もっと分かりやすいでしょうか(笑)。いや、全然違う話かな。会社辞めるでしょ。辞めなかったら、色んな意味で男じゃないよ(笑)。

 髪を隠すとか顔を覆うとかと関係なく、「アバーヤ」というズルンとしたワンピース状の長衣がありますが(ほとんどは黒だが違う色もある)、これはイスラームではなくアラブに由来するもの。普通はアバーヤ+ヒジャーブになりますが、ヒジャーブなしでアバーヤを着ている人もいます(わたしココ)。
 アバーヤは「身体の線を出さない」という意味で、よりイスラーム的に好ましいはずですが、イスラームに由来するものでもなく、着ているのは庶民系の人が多いです。単に楽だからだと思います(わたしまたココ)。
 女性用の外套で、厚手の生地のものが多いですが、アバーヤ命な女性は夏でもこれで通していて、しかも下には普通の洋服を着ていますから、ものすごい暑さ耐性です。

 「ガラベーヤ」というのは、同じようなワンピースですが、カラフルな部屋着です。女性はスークのオバチャンみたいな超庶民系以外、これで外出することはありません。ガラベーヤは男性用もあり、庶民系のお父ちゃんたちがガラベーヤ一枚でウロウロしています。ノリ的には浴衣っぽい(笑)。エジプトに由来するもの(イスラームには全然関係ない)。
にほんブログ村 海外生活ブログ エジプト情報へ
人気ブログランキングへ
エジプト  カリカチュア  ニカーブ  ヒジャーブ  新聞  イスラーム  アラビア語  アーンミーヤ 

テーマ:エジプト - ジャンル:海外情報

  1. 二カーブ禁止撤回、ニカーブ支持者の理屈|2009/12/16(水) 07:58:37|
  2. 新聞・メディア

タンターウィ発言の問題は、ニカーブの是非でもイスラーム主義の是非でもない

 シャイフ・ル=アズハールのタンターウィ教授(الدكتور محمد سيد طنطاوي)が、ニカーブ否定発言をして、大騒ぎになっています。日本ではほとんど報道がないようですが、英語圏のメディアではかなり取り上げられているので、ご存知の方もいらっしゃると思います。
日本メディアの記事英語圏メディアの記事中東TODAYさんの関連記事
 海外メディアを眺めると、なんだか「イスラーム主義者の伸長を恐れる政府」みたいな点ばかりが強調されて、例によって実情を歪曲してイスラーム憎悪を煽っているだけなんじゃないか、と訝しくなります。
(写真は第一報ではなく、BBCの報道を伝えるもの)

タンターウィ発言に対するBBC報道を伝える記事
タンターウィ発言に対するBBC報道を伝える記事 posted by (C)ほじょこ

 ざっくり言えば、タンターウィというアズハール学院の偉いセンセーが、中学三年の女生徒に着用していたニカーブを脱ぐように言い、ニカーブ着用者の学院への立ち入り禁止を検討している、と語ったことに対し、多くのムスリムが猛反対している、ということです。
 ニカーブというのは、目を除いて全身をすっぽり黒い布で覆ったもので、髪だけ覆うヒジャーブとは異なります。
 ヒジャーブについては「ムスリマの義務である」という認識が多数派ですが、ニカーブについては「イスラーム的である」「いや、ただの慣習だ」と意見が分かれていて、エジプト政府としては、ニカーブ着用者が国内で増えていることを、イスラーム主義の伸長と関連付けて、恐れています。
 ニカーブが流行っていると言っても、ざっと見る限りでは全ムスリマ(イスラーム教徒女性)の5%未満で、多数派とは到底言えません。それでも、少し前までは非常にレアな存在だったのが、少しずつ数を増しているのが、ある種の人々の脅威となっているようです。わたしも、事前に想像していたよりは数が多くて驚きました(ヒジャーブはほぼ全ムスリマが着用している)。
 一般的なエジプト人に色々意見を聞いてみると、「ヒジャーブは必須だが、ニカーブはしたい人がすればいい、別に義務ではない。イスラーム本来のものなのかは、色んな意見があってよくわからん」くらいの立場が大勢です。
 タンターウィ発言に多くのムスリムが反発しているのは、「脱げ」と命令したからであって、ほとんどの人は「着用しなければならない」とは考えていません。「ニカーブするもしないも、そんなもん本人の自由だろう」と怒っているわけです。
 加えて、彼の後ろで政府が糸を引いているのは、エジプト人ならみんな知っています。「権力をかさに着て偉そうなこと言いやがって、何様のつもりだ」というのが大衆の心情なのでしょう。

 しかし、そんな思想信条的な問題以前に、海外メディアがちっとも注目していない重要なポイントがあります。
 タンターウィ発言を伝える「シャイフ・ル=アズハール、女子学生にニカーブを脱ぐことを強要 ニカーブ着用者の学院への立ち入りを禁止を決める意志を語る」という最初の報道で、新聞にこんな彼の台詞が引用されていました。

لما إنت كده أمال لو كنت جميلة شوية كنت عملتي إيه؟

 アーンミーヤをそのまま記述したものです。「美人だったらどうするんだ?」みたいなことを言っているのですが、最初に読んだ時は、語学力および背景知識の不足から、今ひとつ意図が理解できていませんでした。
 今日、F先生とこの話題になり、背景を詳しく説明して貰って、やっと発言の意図と、多くのエジプト人の怒りが理解できました。
 ニカーブというのは、一応建前としては「美しい女性が歩いていると、男達がジロジロ見てよろしくないから」着用する(あるいは夫や家族が着用を求める)もの、とされています。
 ところが、ぶっちゃけ、この女生徒は美人じゃなかったわけです。
 これに対してタンターウィ先生は「(君は美人じゃないのにニカーブを着ている)、じゃあ美人だったらどうするんだ?」と言っているのです。
 要するに「ブサイクのクセにニカーブなんか着やがって」と言っているわけで、とんでもなく無礼な発言です。
 「そんなん、ほっとけちゅうねん! これニカーブの問題ちゃうやん。礼節の問題やないか! なんちゅうオッサンや!」とF先生と二人でプリプリ怒ってしまいました。
 権力の座についている人が、時に品性劣る人物であるのは、洋の東西を問いませんが、一応宗教界の権威にあるのに、イスラームだのニカーブだの以前の問題です。偉そうに白いあごひげを蓄えていますが、要するに品性下劣なただのエロオヤジです。
 エジプト人の怒りが示しているのは、過激なイスラーム主義の伸長ではなく、「エジプト人には結構常識がある」ということだけです。

 ちなみに、件の女生徒がいたのは女しかいない女子クラスで、普通そうした場では、女性も髪を隠すことにこだわりません。ましてニカーブなら、普通は顔を覆う部分は上げています。F先生の意見も「多分、教室の中では顔を出していたのだけれど、タンターウィが来たから慌てて顔を隠したのだろう」とのことでした。わたしが彼女たちの行動パターンを見ている限りでも、この推測が妥当だと感じます。

 猛烈な反発を前に、政府要人がタンターウィをやんわり擁護する発言をし、タンターウィ本人も前言を翻すようなことを語っています。
 ムスリム同胞団が「ニカーブはイスラーム本来のものだ」という趣旨の声明を出して政府を批判していますが、これはタンターウィ叩きに便乗して声を上げているだけで、ほとんどのエジプト人は文字通りには受け止めていないと思います。
にほんブログ村 海外生活ブログ エジプト情報へ
人気ブログランキングへ
エジプト  カイロ  アラビア語  アーンミーヤ  イスラーム  ニカーブ  タンターウィ  新聞  イスラーム主義 

テーマ:エジプト - ジャンル:海外情報

  1. タンターウィ発言の問題は、ニカーブの是非でもイスラーム主義の是非でもない|2009/10/15(木) 06:42:06|
  2. 新聞・メディア

スポンサードリンク

ランキング

最新記事

カテゴリ

エジプト留学日記 (127)
エジプト留学雑記 (43)
アレキサンドリアの旅 (1)
シナイ半島の旅 (6)
ルクソール・アスワーンの旅 (7)
新聞・メディア (123)
留学まとめ (8)
試論・雑記 (9)
未分類 (0)

月別アーカイブ

サイト内検索

アラブ・イスラームおすすめ本

アラビア語の教科書

エジプトの写真

タグ

エジプト カイロ 新聞 留学 アラビア語 アーンミーヤ イスラーム 食べ物 文化 動物 日本 サッカー 日本語 エルバラダイ 治安 選挙 医療 イスラエル 交通 政治 恋愛 観光 男女 フスハー アルジェリア ラマダーン ルクソール アメリカ IT ガザ地区 英語 学校 映画 クルアーン パレスチナ アムル・ムーサー 大統領 社会 経済 中国 ニカーブ 精神医療 労働 シャルム・ッシェーフ アパート エルサレム ドイツ ナイル川 豚インフルエンザ 物価 テロ スポーツ ビーチリゾート 病気 ダハブ 音楽 生活 ナイル 写真 ホテル イード・ル=アドハー 衛星放送 ハマース ガス 勉強法 辞書 教科書  シナイ半島 信仰 小説 気候 買い物 エジプト航空 長距離バス アスワーン マシュラバ コプト インドネシア カリカチュア ロシア ロバ 貧困 停電 身体障害者 アニメ バス ネット 自殺 トルゴマーン トゥクトゥク 電話 洗濯機 風邪 記法 カタル アバーヤ ロボット  ケニア ザマーレク ラムスィース エレベータ 電車 環境問題 アラーゥ・アル=アスワーニー トルコ イギリス ユダヤ フェミニズム ムスリム同胞団 ミウザナ ラクダ 男女関係 乞食 インフラ 大学 クウェート マルワ・イル=シャルビーニー イラン ダンス 大統領選 法律 衛生 キリスト教 サウジアラビア お酒 水道 洪水 教材 遺跡 Google マクハー スウェーデン ジョーク タウフィーク・アル=ハキーム 古代エジプト 子供 喧騒 スイス オールドカイロ コカコーラ 賄賂 モガンマア ビザ 自動車 ヘブライ語 イントネーション ジェスチャー 原爆 シリア トンデモ アル=フサリー 陰謀説 排外主義 ピラミッド タンターウィ コシャリ スーパー 商業 ダム イスラーム主義 看板  教師 イスラーム地区 エチオピア コンゴ google 動物園 タヒーナ 携帯電話 ダウンタウン 倫理 メトロ リスク 大気汚染 グローバリズム スーフィー 孤児   オーストラリア ムハンマド・へニーディ グラスボート ハリーグ・ッナアマ 煙草 オールドマーケット ベドウィン 礼拝 イフタール シャルム・イッシェーフ ナイトクラブ 護身 短剣 貧富の差 パピルス 否定文 ショッピング 砂糖 ヘルワーン 化粧品 お土産 アレキサンドリア アルジャジーラ子供チャンネル 仕事 CM 言語 アルアファーシー  服装  書籍 正書法 ラファフ サファリパーク 民主主義 長者番付 道徳 寛容 家族制度 開発 アーシューラー サッカーラ 名誉殺人 ウルフィー 家父長制 人口爆発 性犯罪 イスラームヘイト ヒジャーブ キファーヤ カイロ大学 セクハラ  ファイスブック  臓器売買 EU 憲法 表記 ウサーマ・ビン=ラーディン 大統領選挙 ガーダ・アブドゥルアール ナギーブ・マフフーズ カタカナ ナンパ タイ クリスマス 汚職 健康保険 西岸 行政 麻薬 スーダン 農業 イブラーヒーム ムバーラク 憲法改正 シャルム・ッ=シェイフ 訃報 タンターウィー エネルギー アズハル 少子高齢化  試験 飛行機 豪雨 日本人 スンナ 天皇陛下 ファルド アスワンハイダム ユースフ・アル=カルダーウィー 清掃 リビア 道路 拷問 CIA 人権 ウクライナ 痴漢 アル=アファーシー 風刺漫画 ユダヤ教 湾岸 おしん サマータイム ウナギ文 ヒズブッラー 日本語教育 リンゴ セイフティネット  地域社会 電化製品 UAE   戦争 軍隊 徴兵制 ファストフード 接客 ストリート アザーン 陰謀 建築 翻訳 北朝鮮 歌詞 ヒシャーム・アッバース  エジポップ 字幕 ワールドカップ カルナック フルーカ 方言 安宿 断食 休暇 下水 王家の谷 王妃の谷 アイデンティティ ターハー・フサイン バックパッカー 砂漠 ハトシェプスト女王葬祭殿 メムノンの巨像 漫画 マアラ イラク フランス アラブ諸国 巡礼 オバマ オペラ 発音 イメージ シーフード  人生 文学  老人 書店 結婚式 

検索フォーム

RSSリンクの表示

プロフィール

ほじょこ

Author:ほじょこ
アラビア語修行にエジプト留学して帰国。翻訳やっています。お問い合わせは下のフォームから御気軽に。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。