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ミシャーリー・アル=アファーシーとマフムード・アル=フサリー

 以前はمشاري العفاسي(ミシャーリー・アル=アファーシー)さんのクルアーン読誦をよく聞いていたのですが、最近友人の薦めもあってمحمود الحصري(マフムード・アル=フサリー)さんの読誦を聞くようになりました。
 二人ともقارئ(カーリゥ、reciter)として著名な方ですが、アル=アファーシーさんは1976年生まれのクウェイト人、アル=フサリーさんは1917年エジプトのタンタ生まれ(1980年に亡くなっています)と、出身も時代も違います。
 二人の読誦の風格は非常に異なり、アル=アファーシーさんがコブシが効いていて節の大げさな読み方をされるのに対し、アル=フサリー師は淡々とゆっくり読み、エジプトの夏の昼下がりのように、ぬぼーっと時間がのっぺり滞っているような存在感があります。
 タジュウィード(クルアーンの正しい発声法)の素人なので詳しいことはわかりませんが、エジプトで主流のタジュウィード的にはアル=フサリーさんの方が規範として適切だそうです。確かにゆっくりしていて分かりやすいです。
 反面、アル=フサリーさんはクセがなく淡々と読まれるので、「音楽的」な耳への残り方はしにくいです。「音楽的」になるのはクルアーン的には良くないことなので、プラス評価されるべきなのでしょうけれど、聞いていて自然に覚える、という意味ではアル=アファーシーさんの方が楽です。ただ、節回しのメロディーだけが残ってしまい、肝心の内容が覚えられない、というのはありますが・・。
 アル=アファーシーさんの読み方がクウェイト式なのか単に彼の個性なのかよく分かりませんが、印象としては非常に現代的です。実際、テレビなどにも登場する大人気のカーリゥです。若くてイケメン(笑)。
 タジュウィードに良い、ということでアル=フサリーさんを聞いていますが、自分の練習のために一節ずつキチンと聞く時は良い一方、テキトーに流しっぱなしにしているならアル=アファーシーさんの方が覚えやすいなぁ、と、悩ましいです。
 これは想像ですが、おそらくアル=アファーシーさんは個性も人気もあって現代的な読み方をする方なので、「あれでは音楽だ」みたいな批判もあるのではないでしょうか。それもよく理解できます。一方、取っつき易いのも事実で、アラビア語がまだ全然分からない身近な人に聞き比べさせても「こっちの方がいい」と言っていました。
 難しいですね・・。

 ミシャーリー・アル=アファーシーさんのファーティハ。


 マフムード・アル=フサリー師のファーティハ。


محمود خليل الحصري - ويكيبيديا، الموسوعة الحرة
مشاري راشد العفاسي - ويكيبيديا، الموسوعة الحرة
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イスラーム  クルアーン  アル=アファーシー  アル=フサリー 

テーマ:エジプト - ジャンル:海外情報

  1. ミシャーリー・アル=アファーシーとマフムード・アル=フサリー|2010/03/24(水) 08:56:06|
  2. 試論・雑記

辛さは顔に出せ

 金曜日。
 ブログのタイトルを変える。
 もうすぐ帰国しますが、翻訳を中心に細々ブログは続けます。うまくすれば戻ってくることができるでしょう、インシャアッラー。

 勉強したり部屋を片付けたりしていたら、Nちゃんから電話がかかってきて、また遊びに行くことになる。
 彼女の家への道もいい加減慣れて、かつ金曜日のお陰で割と往来も少なかったので、気楽に歩いていきました。
 例のクルアーン・エレベータ。



 今までは遊びに行っても割とちゃんとした格好で待ち構えていた彼女ですが、今日は部屋まで一人で行ったせいか、お部屋モードでリラックスしていました。この方がこっちも落ち着きます。

 大学のテスト勉強で、アラビア語の新聞を日本語に訳さなければならないのに、それがとても難しい、と言われ、手伝うことになりました。
 確かに難しい・・。
 彼女がアラビア語から日本語へ訳すのに困難を感じるのは当然ですが、日本人のわたしが、日本語への翻訳を試みても、なお厄介です。普通の新聞記事なのですが、医療関係のニュースなので、専門的な単語が登場します。日本人がざっと日本語訳するだけなら難しくないですが、彼女の勉強のためなのであんまり意訳するわけにもいかず、苦労しました。「内視鏡手術」とか「血栓溶解剤」とか、日本語学習者に思いつける単語じゃないでしょう。日本人だって知らない人がいますよ。

 イロコイっぽい話になり、「エジプト人と結婚できるか」と定番の質問をされたので、逆に「日本人と結婚できる?」と、気になるところを尋ねます。
 日本人以前に「外国人」一般ということでは、まず、ムスリムであることが最初の条件になります。でも、ムスリムの外国人というのは、他のアラブ諸国の人々だけでなく、インドネシア人やマレーシア人がカイロには沢山いますし、実際結婚の例もあるそうです。
 逆に欧米や東アジアとなると、定住者の数が限られる上、ムスリムの数が少ないので、そもそもチャンスがあまりないようです。男性なら、ただの観光客の女性をひっかけることもできますが、逆はかなり難しいですし、定住者だけが相手となると、確かに数の時点で困難になるのかもしれません。
 で、日本人ですが、彼女はもちろん日本人は歓迎。ただしムスリムでないといけません。
 もちろん、日本人なら誰でも良いわけではなく、以前知り合った日本人男性が「綺麗な人が好きで、ヒジャーブを被ったエジプト人は美しくないからイヤだ」と発言したと聞いて、眩暈がするほど怒りを覚えました。
 「それは観光客で、イスラームやアラブを知らないからでしょう?」「いや、アラビア語を学びに留学している人だったよ」。
 言葉の壁のせいで誤解が生じたと信じたいですが、仮にもアラビア語を学びエジプトで暮らしている日本人が、そんな失礼な口をきいたとは考えたくないです。綺麗な人が好きなのは、男性ならみんなそうでしょうが、女性に対しそれを敢えて口にするのは無礼ですし、ヒジャーブに結びつけるのもどうかしています。爆弾テロにでも巻き込まれて死んで頂きたい。
 「もし日本人と結婚する、と言ったら、家族はどう言うと思う?」と尋ねたら、「別に問題ない(もちろんムスリムである、という前提)。でも、日本に暮らすのは寂しがって反対されると思う」。
 彼女は中流以上の家庭の子ですし、雰囲気的にもリベラルな家なので、外国人との結婚そのものには反対されないようです。また、彼女の日本好きは家族もよく理解していて、お母さんからも「コンニチハ」とか日本語で挨拶されました(その後はエジプト式に例のチュッチュになるので、ちょっと面白い)。

 例によって少しイスラームの話題になり、またサウジの悪口を言い合う(笑)。「彼らにとって、イスラームの総本山であるのは商売だから、丁度会社員が着たくもない制服を着るみたいに、ニカーブをしたりしているんだ。あいつらは形だけだ」「エジプト人の方が余程ムタダイイニーン(敬虔)だよ」。
 「欧米や日本のムスリムは、困難な状況で敢えてイスラームを信じているのだから、特別敬虔だ。仮に義務をなかなか果たせていなかったとしても、彼らの方が偉い」という話で、彼女が「テストの点数が同じでも、難しいテストを受けた人と簡単なテストを受けた人では、点数の意味が違う。難しいテストで点数が低い人の方が、易しいテストで点の高い人より偉い」と上手いたとえを言います。
 このすぐ後で、彼女がスリムだ、という話になったのですが、わたしがもじって「エジプトで痩せている人は、日本で痩せている人より偉いね。難しいテストに受かったわけだから」と言って、大笑いしました。
 彼女曰く「エジプト人は、一度にまとめて食べて、後は一日食べないで活動している。わたしは何度も食べるけれど、ちょっとずつしか食べない。だから太らないんじゃないか」。実際、彼女とは何度も食事していますが、本当に小食です。というか、一緒に食べていると、喋る方に気が回って食べてる暇がないようですが・・・。

 「日本に関するものは何でも好き」という彼女ですが、一つだけ気に入らないのは「自分を表現しない、他人を助けない」ことだと言います。
 「表現しない」というのは、話下手というだけでなく、話す調子も単調で、表情も動きも少ない、ということです。日本人が概ねそういうタイプだということは彼女もわかっているのですが、エジプト的には、黙ってむっつりしているのは「怒っている」「悲しい」と取られて仕方ないのです。
 わたし個人は、異様に感情表現が派手で何でも顔に出るので、エジプト的には「大変分かりやすくて結構」らしく、日本完全不適応だったこの性質が、人生で初めて肯定評価されています。あのド派手で分かりやすいエジプト人に「あなたは何でも分かりやすいね!」と何度も言われているので、相当漏れまくっているのでしょう。
 自分がこんな性格なので言うわけではありませんが、確かにもうちょっと日本人は何か言った方がいいですよ。言葉の問題ではありません。いっそ日本語でもいいし、言語以前にぎゃーとかわーとか言うだけでも、顔と動きと声を発さないと、ションボリしているとか怒っていると思われるのは当然です。わたしだって一緒にいたらションボリします。
 これは「無理に笑え」と言っているのではありません。それでは日本の会社です。逆に、しんどい時はしんどそうな顔をしても大丈夫なのですよ。エジプト人も、露骨にしんどそうにしています。しんどくても明るく頑張っている他人は評価されますが、そのまんましんどそうにしても、日本ほどマイナス評価されることはありません。

 先日K氏を紹介した時の話になったのですが、彼女がしきりに「彼は何か気に食わなかった? 怒っていた?」と心配していました。少なくともわたしから見たら、彼は怒っても不機嫌でもなかったのですが(まぁ本当のところは本人に尋ねないとわかりませんが)、彼は日本人らしくそんなに顔に感情を出さず、淡々と喋る人なので、かなり日本人慣れしている彼女でも、不安になってしまうようです。
 「彼は礼儀正しい人物だから、エジプトの女性に慣れ慣れしくして、失礼をはたらいてしまわないよう気をつけていたんだよ。わたしは最初、彼にあなたの隣に座らせようとしたんだけど、『それはいけない』と断っていたよ。貴方を尊重したいから、慎重な振る舞いをしていたんじゃないかな」と言っておきました。これは事実だと思います。

 「他人を助けない」というのは、難しい問題です。
 少なくともエジプト基準で言ったら、日本人は概ね「非常に冷たい」です。エジプトだけでなく、かなり多くの国に比べて、日本人は他人を助けません。日本語学習者の雑誌で「日本に来て何に驚いた?」という質問があったのですが、「電車で老人に席を譲らない」という回答があり、本当に悲しくなりました。エジプトでは、小さな子供まで我先にお年寄りを助けます。
 ただ、日本人がひたすら冷血漢なのかというと、そういうわけではなく、「そっとしておいてあげる」「敢えて放っておく」という優しさもあるかと思います。老人に席を譲らないのは論外ですが、エジプト式に「我こそは」と呼んでもいないお手伝いが殺到するのは、日本人なら親切の押し売りと受け止めることもあるでしょう。その辺は少しだけ割り引いて見て頂けると、多少は名誉が保たれるかと思うのですが・・・。
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エジプト  カイロ  留学  日本  イスラーム  クルアーン  エレベータ 

テーマ:エジプト - ジャンル:海外情報

  1. 辛さは顔に出せ|2010/01/10(日) 07:45:08|
  2. エジプト留学日記

サッカーが何であるかを、あなたに理解させるものは何か

サッカーが何であるかを、あなたに理解させるものは何か
サッカーが何であるかを、あなたに理解させるものは何か posted by (C)ほじょこ

 小さなコラム記事ですが、クルアーンを読んでいる方なら、タイトルで「クス」とするかもしれません。
ما أدراك ما كرة القدم
マー アドラーカ マー クラトゥルカダム
サッカーが何であるかを、あなたに理解させるものは何か
 というタイトルですが、これは、
ما أدراك ما ليلة القدر
マー アドラーカ マー ライラトゥルカドル
みいつの夜が何であるかを,あなたに理解させるものは何か
 という、スーラトゥ・ル=カドル(みいつ章)2節のもじりです。「ライラトゥルカドル」と「クラトゥルカダム」も音が似ています。
 こういう「クルアーンネタ」というのは、ご法度なのではないかと気をつけていたのですが、品位ある内容であれば許されるようです。考えてみると、今までにも似たようなものを目にした気がするし、わたしの教養が足りずに気づかないだけで沢山あるのかもしれませんが、どの辺が「やりすぎライン」なのか微妙そうなので、自分ではなかなか使えません(笑)。

 この記事を訳してみようとしたのですが、詩文形式でエライ格式高い文章になっていて、正直まったく自信がありません。雰囲気を伝える参考までにヘボヘボの訳を載せてみますが、沢山間違っているので、笑って許してやってください。
 要するに、昨今のサッカーがらみの問題について、心ある方々はキチンと嘆いている、ということです(笑)。

アラブの民よ、世界が笑っているぞ 足の発明を囲い込んでしまって以来
手綱は頭より足に落ちた 端綱は闇の愚者と成り果てた
知性は狂乱し、分別の彼方 振る舞いは道徳と価値に遠くある
民は学問と文学で競っていた 足の一蹴りは高みにあった
兄弟に対し、愛ある眼差しを送っていた それが敵意と下劣さの山で返された
スポーツは心身の基礎たるものだ 今や殴る蹴るの領分だ
願いの極みは十億のキック だが病気や疾病から癒されたか?
願いの極みは十億のキック だがテント暮らしの者の飢えに応えたか?
願いの極みは十億のキック だがバラバラになった者たちを秩序の元に集められたか?
友がライバルとして来ればガズワとなる バドル、ハンダク、栄光ハイバルにはこれがなかった
歴史とアラブ性は溶けた蝋燭 サッカー場が燃えれば集まってくる
十一の選手は努力を交わす 無数の夢中になった者たちが踊ったり落ち込んだりしている
ゴールを取ればピラミッドを築く あるいは学と知を声高に罵る
ゴールを取れば、この世に場所などあろうか? あるいは二人の多神教徒と続く列が不幸と闇と共に訪れるのか
破壊と混乱が断絶以外の何より遠かろう? その遠さは、後悔の指を噛むのに供するのか?
旗を高く掲げ 扇動を煽る 惨めな狂信へと堕ち退いてしまった
勝利を飾り立て敗北に委ねなかった アラブそのものが、サッカー競技場で敗れたのだ!

 バドル、ハンダク、ハイバルというのは、イスラーム草創期の合戦の名前です。ガズワというのは戦争のことですが、普通の戦争ではなく、イスラーム草創期の預言者の戦い、という含みがあります。
 もっと勉強するです・・・。
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エジプト  サッカー  クルアーン  新聞 

テーマ:エジプト - ジャンル:海外情報

  1. サッカーが何であるかを、あなたに理解させるものは何か|2009/11/26(木) 22:56:25|
  2. 新聞・メディア

音楽はハラームか、信仰の空気、洗濯機到着

 お休みの金曜日。例によってカフェで新聞読んだり勉強したりしよう、とダウンタウンに出動。

 出かけしなに、同じアパートの男性が英語で話しかけてきます。アラビア語で答えていたら、「いや、僕はエジプト人じゃない」と言います。パキスタンからの留学生だそうです。

 メトロの中で、盲目の少年がティッシュを売っています。
 子供や身体の不自由な人や家庭の事情が困難な人(窮状を訴える女性など)が、ティッシュや小物を売ったり、物乞いをしているのはよく見かけますが、目の見えない子供が一人でいるのは初めて見ました。しかも単なる物乞いではなく、形だけでもティッシュを売っています。
 乗客が次々少年の肘あたりを触って合図し、お金を手渡していきます。もちろん、ティッシュは受け取りません。隣の老婆も喜捨をして、わたしも小額ですが少年に手渡しました。
 それがきっかけになったのか、おばあちゃんが話しかけてくれました。「どこから来たの?」「大使館で働いてる人?」といった会話に入らないような会話ですが、女性が話しかけてくることは珍しいので、すごく嬉しかったです。新聞を読んでいたので、これも多少話しかけ易さにつながったかもしれません。
 エジプトのおばあちゃんには、喜びと悲しみが一本ずつ皺になったような、とても優しそうで美しい人がよくいます(そうじゃない人もいるw)。ああいう風に歳を取りたい、美しいおばあちゃんになりたい、と強く思います。
 そのためにも、「女のイスラーム」にもっと入っていかないといけないなぁ、と感じています。

 ダウンタウンで少しブラブラしていたら、CD屋さんがあったのでフラッと入ります。
 「ミシャーリー・アル=アファーシーのクルアーンはあるか」と尋ねたのですが、CDだけで、画像付きDVDはないとのこと。残念です。
 代わりにムハンマド・へニーディーの映画を探したら、こっちは当然沢山あります。若い店員が速攻ナンパモードで色々教えてくれます。
 「いくら?」と尋ねると「20ポンドだけど、電話番号を教えてくれたらタダであげるよ」とのお返事。手元に30ポンドくらいしかない貧乏暮らしで、ちょっとグラッと来たのですが(笑)、「いや、今手持ちがないからまた来るよ」と言ってお店を出ました。
 電話番号20ポンド(約400円)。毎回貰えるなら売ってもいいかなぁ(笑)。

 また街頭でのテレビ撮影に遭遇。

街頭でのテレビ撮影
街頭でのテレビ撮影 posted by (C)ほじょこ


 よく行くカフェで新聞を読んでいたら、いつものおじさんではなく、カフェのオーナーのZ氏が話しかけてくる。
 記念ノートみたいのがあって、日本人も何人か書き込んでいます。「オダギリという日本人が友達だ」とのことで、よくよく話を聞いてみたら、パレスチナの取材で知られるジャーナリストの小田切拓さんのことのようです。
 こういう顔の見える狭いところで人間関係がつながっていく感じは、非常に面白いです。わたしは京都での暮らしが長く、京都は結構カフェ文化が盛んなのですが、東京にはまったく分断された人間関係しかなく、いつも息苦しい思いをしていました。その点、カイロは天国です。人間、こうやってカフェで出会ってお話してナンボです。

 Z氏とは、ちょっとした流れからイスラームの話題になり、例によって止まるところのないトークが始まります。二時間くらいは延々イスラーム談義が続きました。ほとんど彼の独壇場ですが、時々わたしも乏しい教養を駆使して返すので、ここぞとばかりに一家言ぶちかます相手としては、格好なのでしょう。かなり体力を消耗しますが、修行だと思って集中して聞き取ります。
「お前は日本人なのに、なぜクルアーンを知っているんだ? どうやって学んだ?」
「最初は日本語のタフスィールを読んだが、その後アラビア語で読んだ(全部は読んでいません)。日本語のものは良くない(日本ムスリム協会の日亜対訳は良いです)」
「なぜだ?」
「クルアーンは常にアラビア語でしょう。わたしは日本人だし、難しいからタフスィールも読むけれど、補助にすぎない。
إنا أنزلناه قرآنا عربيا لعلكم تعقلون
『我はクルアーンをアラビア語で下した、汝らは悟るであろう』」
「その通りだ。クルアーンは、わたしたちエジプト人にとっても難しい。だからタフスィールを読んだり、先生に教えてもらう。でも、クルアーンそのものは常にアラビア語、フスハーだ」
 こういう話題になると、一般のエジプト人でも頻繁にフスハーとアーンミーヤを行き来して、言語的に非常に面白いです。一つの文の中にフスハー的表現とアーンミーヤ的表現が混ざることすらあります。

 話の中で、彼が音楽を「ハラームだ」と言います。
 歌や音楽をハラームと考えるムスリムがいることはわかっていたのですが、正面切って話題にするムスリムには初めて会いました(言わないだけでそう思っている人はかなり多いはず)。
「歌はハラームかな?」
「あんな肌を露わにした女が出てくるビデオクリップが、ハラームでないわけがない。品のない歌詞も沢山ある」
「確かにあれは良くないし、ハラームな歌もあると思うけれど、音楽そのものはハラームじゃないと思う」
「うーん・・でも少なくとも、ハラームなものへの入り口になる」
 彼が言うこともわかるのですが、個人的には、音楽そのものはやっぱりハラームではないし、イスラームとも矛盾しないと思っています。「入り口」でNGなどと言い始めたら、どんどん世界が狭苦しくなるだけでしょう。
 ただ確かに、アラブ世界のミュージッククリップには、ムスリムが多数派の国に相応しくないものもあるし、規制が入っても当然かな、という気はします。エジプトのポップ歌謡が素晴らしく楽しいだけに、バカな格好のビデオクリップを流して要らない反感を買うような真似はしないで欲しいです。

 通りがかったひょうきんそうな若者が、話の中に入ってきて、「アラビア語教えるから英語教えてよ」と言ってきます。前にも別の人に同じことを言われたことがあったのですが、「あたしゃ日本人だから英語なんか教えられないよ」と呆れてしまいます。
 でも、考えてみると、日本人でも「外人」と見ると英語を喋るものだと思っているし、フランス人に「英語教えて」とか言っちゃう日本人もいるかもしれません。
 ちなみに「日本語なら教えるよ」と言ったら、「難しいからヤダ」とのことでした(笑)。

 話は面白いのですが、勉強が進まないので、マグリブ過ぎてから移動。

 別のカフェでまたちょっと勉強。
 テレビで韓国とどこかのサッカーの試合をやっているらしく、隣の男性が「コリアか? 今サッカーやってるぞ」と聞いてきます。

 帰宅し、半日ぶりくらいにネットがつながったので、久々にいくつかサイトを覗いてみる。
 日本についてのネット情報を見ると、いつも暗澹たる気持ちになります。ネットで見ていると、冷たい人ばかりで、ロクでもない国に見えます。
 冷静に考えても、日本の方が絶対良い!というのは、医療の充実(医療内容というより保険医療制度)くらいしか見当たりません。
 もちろん、経済的には日本の方がずっと恵まれているのですが、エジプト人だって車を持っている程度ならいくらでもいるし、みんながみんなそう貧しいわけではありません。車の値段は日本と変わらないか高いくらいのはずで、わたしよりリッチなんじゃないか、と思うくらいです(笑)。
 統計上の数字を見ると、エジプトは悲惨な状況のようですが、政府の調査に対する国民の「率直度」が日本とは桁違いに低いので(笑)、実際のところは数字ほどの差はないのではないでしょうか。

 人は冷たいし、イヤな事件ばかり耳にするし、何かというと自己責任とセキュリティ、そんな国では自殺が多いのも当然です。電車を正確に走らせたり、車をピカピカに磨くより、もっと大切なことが沢山あるでしょう。ちょっとネットが速くて道がキレイなだけで、朝から晩まで機械みたいな暮らしをしているクセに、欧米と肩を並べているかのような安い優越感に浸っているのは哀れです。
 最近ネット上で目にした中で、一番イヤな気分になったのは、排外主義のデモに対して一人で挑んだ左翼活動家が、ボコボコにされた、という件です。
 何という恥知らずな行いか。一応わたしは自称極右ですが、こんなヤツらは右翼の風上にも置けません。
 そんなレベルの排外主義者は、大方外国人が入ってきて仕事を奪われるのが怖いだけの無能人間なのでしょう。そいつらを砂漠にでも捨てた方が、日本の経済のためにもプラスになります。お前ら、天皇陛下のために砂漠に出て行け。お国のために死ね。
 昨日も書きましたが、ヒステリックに排外主義を叫ぶなんてのは、喧嘩のやり方として下の下です。そんなやり方では、倒せる敵も倒せません。ナイフで人を刺す時は、刺す直前までナイフは隠しておくものです。お前ら、全然喧嘩のやり方知らない。めちゃくちゃ弱い。
 そんなチープな排外主義者の考えているより、ある種の国の人たちというのは、ずっと強くて狡賢くて、野獣のように生命力が強いんですよ。カイロの街角でパピルス売ってるオッサンの方が、あんたらよりずっと賢くて強いよ。本当に生き残りたいなら、賢い喧嘩の仕方を学ばないでどうするのよ。たとえ殺したいほど憎くても、あんたら何かには到底倒せないのよ。だから、ギリギリまで近づいて、お互い生かさず殺さずでサバイバルする技術を学ばなきゃダメなのよ。

 日本語が堪能で日本人との付き合いの多いエジプト人が、「日本人は確かに細かいことが得意だけれど、逆に細かいことに拘りすぎて、ちょっとしたことですぐ傷ついたり怒ったりする。そんな調子なら、他所の国になんて来ない方がいいよ」とこぼしていましたが、その気持ちも分かります。彼個人については、個人的事情から嫌いなのですが(笑)、日本人を知れば知るほどウンザリしていったのは想像に難くありません。
 エジプトはとにかく問題だらけの国で、日々の生活でも問題に次ぐ問題、何一つ予定通りに進みません。約束は守らないし、すぐ忘れるし、品のない人はとてつもなく口性ないし、わたしもしょっちゅうキレて怒鳴っています。そんな問題だらけの生活にも関わらず、日に日に日本に帰るのがイヤになっています。人と人がくっついて絶え間なく関係しながら生きているこの感じが、非常に鬱陶しいながらも、リアリティがあるのでしょう。
 不躾でしつこい若者、獣のように厄介なガキどもには手を焼きますが、アイツらと喧嘩できない暮らしなんて、寂しくってたまりません。某所で「子供が石を投げてきて辛い」という記述を目にしましたが、投げられたら投げ返せばいいだけです。というか、こないだも若者に石を投げられて、速攻で石から瓶から十倍くらい投げ返しました。こういう時、ゴミだらけのエジプトの道路は便利です。わたしがいるから石を投げる。投げられるから投げ返す。生きてる。最高じゃないですか。(念のためですが、エジプト人がみんな石を投げてくるわけではありませんw 普通は投げないです)
 ちなみにこういう時は、必ずその場でやり返して叩き潰すべきだと思います。それをやらないから、いつまでもナメられるのです。「明日」になると、この国ではすべてがリセットされています。「警察に言おう」とか、子供が相手の時に「親に言おう」とか考えていたら、その間に忘れているでしょう。犬を躾けるくらいの勢いで、忘れられない思い出をプレゼントしてあげるべきです。

 程度には著しい差があるものの、ほとんどの人が何らかの形で信仰と関わりながら生きているのも、とても安心します。
 「信仰を持っている」というのは、道徳の教科書みたいな生き方をすることではありません。そんな形だけのことなら、平均的日本人の方が余程「いい子」でしょう。
 そうではなく、常に神様を意識し、問いかけ、疑問を持ちながら生きていく、というのが大事なのです。時には立派な行いをし、時にはイケナイこともしてしまうでしょう。でもそういうすべてが、神様の勘定の中に数えられていく。この実感を持ちながら生きるのが信仰だし、関係性そのものが信仰です。信仰は法律じゃないです。箇条書きにされたルールを守ることではありません。
 「日本人は何を信じているんだ?」「信仰がないなんて、食べて寝るだけか?」とか言われる度にムカムカしていたし、「普通の日本人はアンタらなんかより余程倫理的だよ!」と思っていましたが、今では、彼らの言いたいことも何となくわかります。いい加減極まりなく、時にアコギな商売もするエジプト人ですが、とにかく彼らは神様と生きています。絶対自殺なんてしない。常に人と神様と密着しながら生きている。
 日本は本当に、信仰以前のジャーヒリーヤなんじゃないか、と思えてきます。可哀想なわたしの祖国。

 一方で、ちょっとイスラームに興味があってアラビア語を話す日本人と見ると「イスラームについてわからないことがあったら、何でも聞いてよ!」と目をキラキラさせるエジプト人も、ダウア(招待、布教のようなもの)としては非常に下手糞なやり方しかしていません。
 最初の頃は、「そんな教義みたいなことなら、全部本で読んで知っている。そんなことより、普通のムスリムの普通の生活、西洋的世俗的要素といかに共存させるか、みんなバラバラなのに神様が一つな感じ、そこに興味があるんだ」と思っていたのですが、こういう疑問には誰にどう尋ねても全然適当な答えが返ってきません。結局いつも、既に知っている教義的側面に話が戻ってしまいます。
 最近になって、なぜここですれ違いが起こるのか、段々理解できてきました。
 神様が遍在するかのように社会の隅々まで関わっている、この空気が与えてくれる独特の安心感というものが、日本にはまったく存在しないのですが、逆に彼らには当たり前すぎて、説明のしようがないのです。そんなのは当たり前だし(多分意識もできていない)、文言上の教義の方が「高級」な感じがするので、意識的に説明しようとすると、ついその話ばかりになってしまうのでしょう。
 教義的なものなら、日本でもすぐ調べることができます。下手をすると、ちょっと中東に興味のある学生の方が、エジプトのおっちゃんより詳しいかもしれません。そんな上澄みだけ伝えられたら、「一日五回も礼拝するなんてウザくてやってられない」とか、反感を買うだけです。わたしだって、同じように考えるでしょう。
 そして、エジプトに来ても、最初の頃はこの「安心な空気」というのが、感じられないでいました。なんだかいつも騒がしいし、みんな怒鳴ってるし、怖くて心が頑なになっていたのでしょう。
 住んでいるうちに、段々この社会でのうまい距離の取り方というのがわかってきて、心がオープンになり、「ああ、この至るところに神様が届いている感じ、この安心感は何だ!」と感じられるようになってきました。
 この安心感が伝えられれば、日本人のイスラームに対するイメージもグンとよくなるのは間違いないのですが、わたし自身もまだうまく表現できません。古い神社仏閣のない道のまっすぐなニュータウンとか、不気味じゃないですか? わたしは絶対住みたくないです。あれの反対の強力なヤツをイメージすると、すこし似ています。

 大分書き散らかしました。すいません。

 夜中に大家さん親子がやってくる。基本、深夜一時くらいまでは「訪問可」な括りのようです。
 そして遂に、洗濯機が到着!!
 カイロ生活ももうすぐ三ヶ月になりますが、とうとう電気洗濯機を手に入れました! ほら御覧なさい! アッラーはいつも見ているのです!! 東芝製全自動洗濯機! ジャパニーズクオリティ!
 大家さんのファトマは、外国人向けアラビア語教師の職に興味があるらしく、しきりに学校のプログラムなどを尋ねてきます。彼女のフスハーははっきり言ってボロボロで、到底教師の務まるレベルではありません。アーンミーヤを色々教えようとするのですが、いつも的外れです。適当にسياسي政治的な台詞でお茶を濁します(笑)。
 でも、大家さんとして、友人として、とても良い人なので、一緒にお風呂の掃除したりしながらお話するのは楽しいです。
 すぐに変なフスハーで喋ろうとして、それがかえって難しいので「アーンミーヤで喋って」と言うのですが、「アーンミーヤだとわからないんじゃないかと心配なの」と言います。でも、彼女の場合、アーンミーヤで話している時が一番わかりやすいです。
 会話の中で、わたしがガス管(パイプ)を指す言葉としてأنبوبةと言ったのですが、彼女は「違う」と言います。「ここの水やガスは、会社から直接来ている。أنبوبةというのは、専門の人が運んでくるものだ」とのこと。どうやら、アーンミーヤではأنبوبةは所謂プロパンガスのようなものを指しているようです。
 でも、ファトマは勘違いの多い人なので、アーンミーヤでもなく「ファトマ語」かもしれません(笑)。

ハンズフリー日傘
ハンズフリー日傘 posted by (C)ほじょこ
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  1. 音楽はハラームか、信仰の空気、洗濯機到着|2009/10/10(土) 18:24:50|
  2. エジプト留学日記

مشاري العفاسيミシャーリー・アルアファーシー、アラブの衛星テレビ、アルジャジーラ子供チャンネル

 مشاري العفاسيミシャーリー・アルアファーシーという、有名なクルアーン読誦者がいます。泣きの入った(?)独特の味のある詠み方をする人で、日本にいた時はこの人のクルアーンをiPodに入れて毎日聞いていましたし、今もネットブックに最後の方だけ入れてあります。すごくカッコイイです。しかも男前(笑)。
 テレビにも登場して、子供達と交流している番組を見たことがあります。そのままズバリのAlafasy.comという公式サイトもあります。

 アラブの衛星テレビには、一日中クルアーンを流しているチャンネルがあり、よく商店の店先などでつけっ放しにされているのですが、今日テレビを見ていたら、alafasy quranという、そのまんま「一日ずっとアルアファーシー」というチャンネルがあるのに気づきました。アルアファーシーさん一人のために一チャンネルです。
 でも、それだけの値打ちがあるくらい、本当にカッコイイんですよね。うっとり聞き惚れてしまいます。
 クルアーン読誦の音声と共に、アラビア語と英語のタフスィール(翻訳=解釈)が流れます。クルアーン学習素材のようなものは、現在ではネット上に山ほどあるのですが、こうしてテレビで流されていると、気軽に眺めることができて便利です。流しているだけでご利益があるような気がしてきます(笑 < 念のためですが、こういう発想はイスラーム的にはダメ)。
 DVDか何かになっていたら、買って帰りたいなぁ、と思っています。

 画面はこんな感じ(ウチのテレビが白黒なだけで、本当はカラーです)。

アル=アファーシー・チャンネル
アル=アファーシー・チャンネル posted by (C)ほじょこ

 アラブの衛星テレビで他によく見ているチャンネルと言えば、何と言ってもアルジャジーラ子供チャンネル。ほぼ全部フスハーだし、素材も優しいし、日本語でもこういう子供向け番組が大好きなので、ちびっこ並にかじりついています。
 お昼ぐらいに子供が対戦するクイズ番組があり、二日に一回くらいはチェックしています。お姉さんが「イジャーバトンー・・・サヒーハ!(正解!)」とか引っ張るのが万国共通で好きです。クイズ番組なので豆知識も身につきます。
 先日はネイチャー系のドキュメンタリ番組で、北海道はサロベツのムササビが取り上げられていました。「空飛ぶリス」みたいな言い方をしていましたが、あれはムササビというのですよね?(日本語ヤバイ)
 真冬の北海道の原野が舞台ですので、あれを見たアラブの子供たちは、日本というのはものすごい雪深い過酷な土地だと思ってしまうのではないでしょうか。
 「うわ、イタチが来たぞ! 危ない! 巣の中に逃げろ!」みたいなナレーションがついていて、めちゃくちゃ楽しいです。
 リスはسنجابで、フスハーだと「スィンジャーブ」ですが、エジプト方言では「スィンゲーブ」、耳で聞くと最後のb音がかなり弱くなって「ル」みたいに聞こえて、最初は「スィンゲール」なのだと思っていました。
 この単語は、友人が送ってくれたリスの写真をマタアムの女性店員に見せたら「きゃー、スィンゲーブ!」とはしゃいでいたので覚えました。
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  1. مشاري العفاسيミシャーリー・アルアファーシー、アラブの衛星テレビ、アルジャジーラ子供チャンネル|2009/10/03(土) 06:27:34|
  2. エジプト留学雑記

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